シャーが、いらいらしながらそう聞くと、ゼダはシャーの方にちらりと目をやって、人差し指を立てて振った。
「おう、そうそう、おめえさんの言ってた、あの黒い男と会ったぜ。おかげでこっちは上着はなくすし、散々だぜ」
「ああそう。ついでに、その減らず口もどうにかしてもらやあよかったのに」
「悪いが剣じゃあ口は削れねえんだよ、残念だな。三白眼。そういうテメエも目の面積削ってもらったらどうだ?」
「な、なんだあ! コレでも一応気にしてんだよ! ガキみてえな顔しやがって!」
 売り言葉に買い言葉。ゼダの言葉に激しく反応し、シャーはそう言い返すが、ゼダのほうは、あっさりとシャーを無視して自分の話を続けた。
「それはそうと、あの黒衣のオッサンだが。アレは、お前の言うとおり、一種の化け物だな」
 ゼダは、苦笑した。
「傾向と対策しねえで飛びかかったオレが馬鹿だったぜ。危うく、首が飛ぶところだった」
「まぁな。……しかも、月夜と剣で最高潮に調子にのって、頭がアッチに飛んでやがるだろうし、今夜は」
 ジャッキールのことを思い出しながらシャーはそういって、ふとあごをなでやった。
「てえことは、あのダンナ、この周辺にまだいるわけ?」
「ああ、連中は奴が目当てなんだろ。てえことで、大半はあっちいったがな」
「大半?」
 嫌な予感がする。ゼダは、にんまりとして背後の方に手をやった。
「大半、は、な」
 そして、その向こうで剣の光がいくつかちらちら見えたとき、シャーは思わず息を飲んだ。その次にわきあがったのは、ゼダへの怒りである。
「てっ、てめえ! ……何客引き連れてきてんだ!」
「客は多いほうが楽しい主義だろ、てめえは」
 からから笑いながら、ゼダはにんまりとした。
「場合によるぜ。とくに、お前の客なんて楽しくもなんともねえな」
「それじゃあ。テメエの剣を見せりゃ一発で、テメエの客になるぜ」
 ゼダの言っている言葉の裏はよくわかる。カディンは、シャーの剣も狙ってはいるのだ。だが、さすがに今夜すぐにどたばたするとは思っていなかった。
 シャーは、リーフィのほうを振り向いてあわてて言った。
「あ、リーフィちゃん。ここ、危ないからごめんだけど、先に戻ってて。ていうか、一人で大丈夫?」
 正直、こんな夜だ。一人で帰すのは少々不安なのだが、リーフィの家はすぐそこでもある。ゼダを護衛にやるなどというのもとんでもない話なので、一人で帰宅させた方が、シャーとしてはまだしも安心なのだった。リーフィは、にこりとした。
「大丈夫よ。先に戻っているから、心置きなくやってちょうだい」
「心おきなくって……」
 やはり剛毅なリーフィである。そのしっかりしたところに、シャーは、ときめきを覚えなくもないのだが、もうちょっと心配とか何とかないのだろうか。そのあたりの態度がリーフィのリーフィたる所以なのではあるのだが。
「ほ、ホントに、大丈夫? つーか、危なくなったら大声あげてね。オレが助けに行くから!」
「ありがとう。二人とも、気をつけてね!」
 リーフィはそういって、少しだけ微笑むと、そこから早足で去っていく。自分の分をわきまえて、邪魔にならないうちに去ろうというリーフィの心構えはちょっとありがたくはあるが、同時に、胸にさびしい風が通り抜けていった。
「よく出来た女だな、やっぱり」
 ふと、ゼダが口笛を吹きながらそんなことを言った。
「あれぐらい、度胸が据わってるってのは、なかなかねえぜ。おまけに、わきまえるところはわきまえてるしな。正直、あんな場末の酒場においとくには、もったいなさ過ぎるぜ。いっそのこと身請けしちまいたいぐらいだね」
「何知った風な口ききやがる、ネズ公!」
 シャーは不機嫌に言ったが、ゼダは肩をすくめたりしている。
「何だ? もしかして、醜い嫉妬か? 金はないわ、モテねえわな奴は僻みがひどくっていけねえなあ。あ〜あ、かわいそうに。だから、いつまでたっても、そんな変質者みてえな目つきに……」
「なんだ! テメエだって、まともな人間にみえねえだろうが!」
 寧ろ、ゼダに剣を向けそうなシャーに、彼は、からかいの意図もあってか、高らかに声を上げる。
「おいおいおい、相手はオレじゃあねえだろうが。てめえ、だって、虎の子の刀を取り上げられたら、カッコはつかねえし、お飯の食い上げってやつだろ?」
「テメエにいわれなくてもわかってる!」
 シャーはそういいかえし、向こうから走ってくる連中の方を向いた。大部分はジャッキールのほうにいったとかいっていたが、それでも、結構数がいる。このネズミ、もしかして、わざとここで自分達を足止めしたのではなかろうか。もしかして、シャーに相手をさせて、ちょっと楽をしようとか、そういうことを考えたのではないだろうか。


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