「忍んでるんじゃないの? 血の気多いね、あんたも」
 シャーは、やれやれとため息をつく。
「なるほど、あんた、最初に会ったとき、オレが何を見てたかわかったってわけ?」
「当たり前だ。貴様、顔でなく傷口を確認していただろう。その時の様子が様子だったからな、さっきからずっと観察していたのだ」
 顔に似合わず、見ているところはちゃんと見ているらしい。シャーは、肩をすくめた。
「んで、後ろからオレの手ばかり見てたわけ。ちぇっ、暇人だねえ」
 どうも、先ほどから感じていた視線は、この男だったらしい。道理で色気のない視線を感じると思った。
「で、どうなんだ? 認めるのか認めねえのか?」
 メハルは、まだ追求してくる。これは、ごまかして逃げるというわけにもいかなさそうだ。必要ならこの場で殴られてもよかったのだが、どうもメハルという男、観察眼も鋭いが、そこまでわかるということは、おそらく実際剣術の腕もそこそこ立つのだろう。生半可に演技をすると、かえってばれてしまうとまずい。シャーは根負けしてため息をついた。
「わかったよ、わかりました。……ソコソコってことにしといてくれよ」
 メハル隊長は、しかし、納得できないといった顔をする。
「ソコソコだと? 貴様のようなナンパなヤツが実は……などと信じたくないが、そういう人間ほど怪しいのは経験でよくわかっているのだ」
「怪しいって……。外見はよく怪しいっていわれるけどさあ、内面まで怪しいっていわれると辛いなあ、オレ」
「何が辛いなあだ」
 シャーの軽口にあきれたのか、メハルは少々ため息をつく。しかし、すぐに気を取り直して、こう聞いて来た。
「……その剣、見かけない剣だな。貴様、他にも異国の剣を使えるのではないか?」
 どうも、何かを含む言い方だ。奥歯にものをわざと挟んだような、何かを言わせたがっているような口調に、シャーは、頬杖をつきながら答える。
「そりゃ、ま、慣れればそこそこはねえ……。要領つかめば同じですから」
「ほう、でかい口を叩く」
「いや〜、でも、オレなんか大したことないほうだよ」
 シャーは適当にそんなことをいってみたが、メハルの態度はどうも固い。なにやら目的の見えない会話を続けながら、しかし、シャーにはメハルの考えが大体わかってきたような気がした。
「アンタ、オレを疑ってるね?」
 ちら、と視線を投げてシャーは訊いた。
「まあなあ。ちょろちょろ周りを動き回ってる連中の中ではお前が三番目に怪しい」
「一番と二番は?」
 メハルは顔をゆがめる。
「オレがなんではなさなきゃならねえ」
「まあそういわず」
「話すわけねえだろうが」
 シャーは、それはすみません、と前置いて、それからこういった。
「じゃ、オレの予測いっていいかな? 全身黒くて顔色の青い、ちょっと言動のやばい兄ちゃんと、そんで、育ちと階級だけはいい、あそこにいらっしゃる方々の親分でいいんでしょ?」
「まあそういうとこ……って、なんでてめえが」
 うっかり乗ってしゃべってしまい、メハルは慌てて立ち上がる。シャーは慌ててなだめた。
「まあまあまあ。あ、じゃあ、カドゥサのお坊ちゃんっていう噂はデマだったわけ?」
 思わず言いかえそうとしたものの、シャーに素早く尋ねられ、メハルは考えた末に座った。
「ああアレはな。……そもそも、カドゥサなんて相手にしたって意味ねえし、そういう意味じゃあよかったんだが……。どうも別の方向で、なあ」
「何かお困りごとでも」
「いや、あのカディン卿が……」
 そこまで言いかけて、メハルはハッと顔をあげた。
「お前、オレのことを誘導尋問にかけてるだろう!」
「いいええ、かけてません、かけてませんてば。まあまあまあ、折角の酒の席なわけですし、ほら、もうこの際酒どんどんいっちゃわない?」
 シャーは、両手をふってごまかすと、ふと思い出したように、メハルの杯に酒を注ぎだした。
「なに、ごまかしてるんだ! オレは……!」
「おねえさんー! 追加おねがいー!」
 シャーはメハルを無視して、通りすがった女性にそう声を上げた。
「てめえっ! オレの話をきいてねえだろ!」
 メハルはそういったが、シャーがマジメに返すはずもない。仏頂面のまま、メハルは注がれた酒を飲み干し始めた。座りなおした拍子に、立てかけていた彼の剣がかたんとゆれた。シャーは、素早く目を走らせた。
 メハルの剣には、ジャッキールの剣と似た細工が施されているような気がした。





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