(あああ……、なんというか、別に信頼関係があったらいいんだけど、いいんだけど、どうなのそれって?)
 妙にシャーが、そもそもの問題とは違うところで葛藤していると、リーフィは準備を終えたらしく、部屋から出てきた。
 いつもより、少々華やかな化粧をしたリーフィは、またいつもとは違う趣がある。その様子に少々ぼんやりしていたシャーだが、ふとあることに気付いて、ハッと頬を赤らめた。
「あ、あの……リーフィちゃん、そ、その服、一体なんなのかな?」
 リーフィが着ていたのは、珍しく肌の露出が多い服装だ。踊り子だと思えば、そう過激な服装でもないのだが、リーフィは普段が普段なので、少々どきりとしてしまう。
「え? コレ、今日は踊り子のひとりとして忍びこむんだから、と思って……」
「と、思ってってー……あ、あの、オレ、あんまり正視できないんですが」
「……え、そんなに露出度高いかしら?」
 どこまで本気なのかどうなのか、そう聞かれてシャーは苦笑した。
「そ、そんなこと、オレに聞く?」
「あら、聞いてはいけない?」
「あ、いや、その、ねえ……別にそういうことはないんだけど」
 どちらにしろ、シャーの立場とすれば酷である。



 ともあれ、そんなことがあったものだから、シャーは余計に今の状況を見守りつついらいらしているのだった。
 リーフィの座る近くの席で、後ろ向きにちらちら様子を見たり、盗み聞きをしながら飲むシャーだが、危うくここに何をしにきたのか忘れてしまいそうになっていた。
(何くっついてんだよ、ナンパ野郎。……あ、そんな肩に手を!)
 シャーは、グラスをつかんだまま歯をかみ締めた。足をゆすった折に、椅子からかたんと立てかけておいた刀がはずれて音を立てる。こういう時に、刃物などみるものではない。シャーは、あえて目をそらした。
(り、理性がなかったら、マジで刃傷沙汰起こしそうだよ、リーフィちゃん)
 本当に気が気でない。シャーは、深々とため息をついた。
「そうやってうっかり、剣に手が出たりするか?」
 ふと声が入ってきて、シャーはわずかに眉をひそめてちらりと目をやった。そこには、彼と同じく、少々この店には似つかわしくない男がいた。彼はすぐに無言で隣の椅子に座った。多少いい格好はしているが、それでも、無骨な印象はぬぐえない。
 その顔には覚えがある。確か、メハル隊長とか呼ばれていた、この一件の捜査をしている軍の幹部だ。そういえば、この前、リーフィと歩いていて、例の事件に当たった時に部下の兵士達をどやしつけていた男だ。
「あれ……」
「やっぱり、お前は少々怪しいな」
 メハルは、酒をふくみながらカマをかけるような口調で言った。
「本当は結構できるんじゃないのか?」
「何が?」
 シャーは、わからないといいたげな口調で言った。
「あくまですっとぼけるつもりか? じゃあ、別の言い方をしようか」
 メハルは、ちらりと目を輝かせた。
「……お前、なんか探ってるだろう?」
 メハルが突然そう切り出してきた。シャーは、慌てて首を振る。
「そんなわけないでしょっ? 何勘違いしてるのよ。オレは、別に……」
 だが、メハル隊長は、大きな目を疑わしげに彼のほうに向ける。
「いや、オレの目はごまかせないぞ。……テメエ、只の馬鹿じゃねえだろ」
「いやー、ただの馬鹿でいいですよ、扱い」
 シャーはそういって、酒を飲む。だが、メハルは、シャーの目を見ずにどこか別の場所を見ているようだった。さしずめ、その酒杯を持つ手。
「それじゃあ、まあ、ただの馬鹿っつーことにしとくが、それでも、お前、手だけは嘘をついてないんじゃねえのか」
「手、といいますと?」
 シャーは、酒を飲んでいた手をふいに止めた。
「剣を握ったことがない割りに、妙に物騒な手をしてるだろ。ただの酒飲みの遊び人なら、もっと柔らかい手をしてていいんじゃねえのか?」
「なあに、どういうこと?」
 シャーは、いぶかしげにメハルを見上げた。メハルはにやりと笑ったままだ。
「そういうの世間じゃ剣ダコっつーんじゃないのか?」
「剣ダコ? 冗談じゃありません。さあ、これでも労働してますから、それじゃないすか?」
 シャーはすっとぼけた。
「へー……、それじゃあ、この前に手を広げて見せてみろ。俺も剣には心得がある。心得のあるものの手ならすぐわかるぞ」
「ナニソレ。……つーか、男の手みたって面白くないでしょが、そういう趣味でもあんの?」
「あるわけないだろうが! なんだ、それ以上口答えすると、しょっ引くぞ!」
 思わず立ち上がって、大声になるメハルに、シャーは慌てて唇の前に指をたてる。幸い、盛り上がっている連中は、彼の大声にも気付かなかったらしい。シャーに半ばとがめられる形で、メハルは自分の失態に気付いて黙り込んだ。


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