どこから、得体の知れない視線を感じるが、正直、シャーは、今はそんなことどうでもよかった。今の最大の懸念事項は、ともあれ、リーフィのことだ。ここで多少自分に危険が及んでも、別に返り討ちぐらいなんともない。むしろ、返り討ちできないからこそ、シャーは、軽く貧乏ゆすりをしながら杯をがたがた言わせるはめになるのである。
「……が、我慢ならん」
 酒をあおりながら、シャーはちらりと後ろを見た。綺麗に着飾ったリーフィが、後ろの方の席で男達につきっきりで酌をしているのが見える。その服装が、いつもより明らかに露出が多いだけでも、シャーにとっては大事なのだが、本当の大事はそこではない。
「そうなの。……まあ、とても頼もしいんでしょうね?」
 リーフィのあまり感情のこもらない声が、いつもより何となく甘く聞こえるのは、シャーの耳が悪いからだろうか。
 ちょうど後ろの席で、リーフィは、もうひとりの女性と共に、柄の悪い男達に囲まれていた。体格のほうもいいし、シャーが見る分でも、おそらくそこそこの腕は持っているだろう戦士達である。やくざものというよりは、ジャッキールと同じような流れの傭兵風の印象があった。
 今日のリーフィは、いつもより艶やかな服装をしていた。大きく肌をさらけだす衣装を着て、華やかに着飾った彼女は、いつもの酒場にいる彼女とは、また違う印象がある。
 もちろん、もとから目を引く美人のリーフィだから、男達のほうも何かと彼女に話しかけたり、時にはべたべたとその肩や手に馴れ馴れしくふれたりしている。
 「カディン」「剣」などという、意味深な単語はきかれるので、おそらく彼らをカディンの部下だと見たリーフィの見立ては図に当たったのだろうが、正直、シャーは、カディンなどどうでもよかった。
 リーフィは、なにやら、妙に綺麗な笑みを浮かべている。ああいう笑い方もできたのか、と思うのだが、どこかぎこちないそれは、多分作り笑いなのだろう。
(普段みたいに、ちょっとだけ優しく微笑んでもらえるのはオレだけ)
 そう思うと、シャーの気分も落ち着くといえば落ち着くのであるが、それにしても気分的にはいいものでもない。
 なにせ、あの連中、リーフィに妙に密着して、酌をついでもらったり、なにやら語らって笑ったりしているのだから。何か危険が迫ったら助ける、ということで、シャーが付き添っているのだが、シャー的にはすでに危険が迫って助けてやらねばならない状態のような気もする。
「別に、嫉妬とかそういうんじゃないんだけど、ないんだけど、ないんだけど」
 自己暗示のようにつぶやきつつ、シャーは、やけ気味に酒を注いで飲み干した。じんわりと染みとおるアルコールの感じに、シャーは先ほどリーフィと話した内容を思い出した。


 リーフィによると、例の刀好きの貴族とやらの部下が、この酒場にのみに来るという話だった。カディン本人が来るには、少々柄のよくない酒場だが、どうせろくなことをする部下でもないのだろう。そもそも、彼のやっていることを考えると、こういうところにたむろする連中が関わっていてもおかしくない。むしろ、そういう連中とつながりがあって当然でもある。
 そういうわけで、シャーとリーフィは、この酒場にやってきていたのだが、今日、リーフィは、この酒場で臨時の手伝いとして働くということになっていた。いいかえれば、そういう名目で忍び込んだということなのだが。
「リーフィちゃん。やっぱりまずいよ。止めとかない?」
 化粧やら準備をしているらしいリーフィを待ちながら、シャーは壁一つ向こうの彼女にそういった。
「いや、そこまで無理することないと、思うのよね」
「でも、ここまで来たんだし、ねえ、シャー、やってみる価値はあるとおもうの」
 リーフィは、妙に前向きである。いつからこの娘はこんなに前向きになったのだろうか。
「価値があるのはわかるけど、でも、なんというか、ほら、リーフィちゃんに危険が及ぶと……」
「まぁ、私なら大丈夫よ」
 リーフィは、なにやら余裕な様子で笑っている。シャーはやや慌てた。
「いや、リーフィちゃんが大丈夫でも、オレが大丈夫じゃないっつーか……」
「でも、私が今日働く分で、シャーのお食事代は払えるっていうし、あなたは久しぶりにいいものを呑んだり食べたり出来ると思うわ」
「い、いや、それはそれで物凄く気がとがめますけど。女の子におごられるのはちょっと、ほら、いくらオレでもねえ」
「じゃあ、私のことを女の子じゃなくて男だと思えば大丈夫よ。それに、シャーは私を守ってくれるんだから、その分だと思えばいいの」
(えっ、やっぱり……)
 どうも、昨今の相棒扱いについてのシャーの悲観的な予測は当たっていたかもしれない。とりあえず、恋愛対象あたりをすっ飛ばして、信頼だけが高まっていたらしい


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