「ああ、ありがとう。しばらく、この近くに宿を取っているから。もしなにかあったら教えてくれ」
テルラは、シャーにそういわれて深く頷いた。協力を得られてほっとしたのか、彼の顔はどこか安堵しているようだった。
「それじゃあ、今度は酒場の開いているときに来る」
「ええ、ごめんなさいね。ありがとう」
挨拶したテルラにリーフィがそう答える。一瞬、テルラはシャーを見て不審そうな顔になった。
おそらく、飾りに持っているだけ、といった剣が、どうしてあんな珍しくて見事な剣だったのかが気になったのかもしれない。だが、シャーののん気な様子を見ていると、どうも思いすごしだと思ったらしい。テルラは、もう一度こちらをみてから、店の外に出て行った。
「シャー」
彼が外に出て行ってしまってから、リーフィがシャーの反対側の椅子に座って彼を見やりながら言った。
「何か知ってたのにわざと言わなかったでしょう?」
言い当てられて、シャーは、再び眉をひそめた。
「う、それも気付いちゃったの? ……す、するどいなあ」
「ええ、なにかその人について知っていたのね?」
「知ってるけど、ちょっと突き出すとややこしいことになりそうだから、黙ってることにしたんだ」
「何か事情があるのね。わかったわ」
勘のいいリーフィのことだ。詳しく話さなくても、そのジャッキールという名前の男が深く関わっているのをよく知っている。
「そういえば、オレになんか言いかけたけど、なんかあったの?」
「あ、そうそう。シャー。昨日あなたとゼダが言ってた男のことだけど」
リーフィが、そんなことを言ったのでシャーは身を乗り出した。いいタイミングだ。シャーとしても、そのあたりのことについて、今考えていたところなので、それを教えてもらえると助かる。
「え? 何かわかったの?」
「ええ、その人がどういう酒場に遊びに行くかとか。その人の部下がどこにいるかとかそのあたり。この周辺ではないけれど、知っている酒場よ」
「へえ、詳しいなあ、リーフィちゃんは」
シャーが感心したような口調でいう。
「まあね。酒場で働くものの横のつながりってものもあるのよ」
「なるほど」
割と動じないリーフィは、酒場で働く女の子たちのなかでも、実は頼れる姐御なのかもしれない。一見そうでもなさそうにみえるのだが、信任はあつそうだとも思う。
「そこで考えたんだけど」
リーフィがいきなり提案してきたので、シャーは、きょとんとしてリーフィを見上げた。
「ど、どうしたの?」
どういうわけか、その時、いつも冷静なリーフィの目が少々輝いて見てたのだ。正直、感情を表に見せることがほとんどないリーフィなので、本当は、その輝きなど、些細なものかもしれなかったが、シャーには非常に印象的だった。
「ちょっと、探りをいれてみない?」
「み、みない? って、刀好きのアブないかもしれない貴族だよ……」
リーフィが唐突にそんなことを言ったので、シャーはやや慌てて言った。すると、リーフィはこくりと頷く。
「ええ、その人だと危険だと思うの。だから、その人の部下あたりに探りを入れてみるのはどうかしら」
「い、いや、でもさあ。ちょっと危なくない?」
シャーは、なにやら積極的なリーフィに妙に危機感を持つが、リーフィのほうは、なにやら自信ありげだ。
「大丈夫。それほど危なくないと思うわ。ちょっと聞き出してみようと思うの」
「ええっ! ほんとに大丈夫なの?」
「大丈夫よ」
にこり、とリーフィは、珍しくはっきりと笑った。
「私に任せて」
笑顔でそういわれると、シャーがリーフィに逆らえる道理もない。結局、その日、店を閉めてからシャーはリーフィと共に行動に出る羽目になることになった。
いつもの場末の酒場、よりは、少々立派な酒場。シャーのような男がいても、さほどおかしくはないものの、さりとて、いつもの連中で騒ぐには、ちょっと違和感のある程度の酒場だった。宵からすでに酒場はそれなりに盛り上がっていた。例の事件以来、酒を飲む人間も減っているにも関わらず、ここだけはそうでもないらしい。
まあ、それはおそらく、ここにいる男達の多くが、どこか闇の世界の匂いのする命知らずな連中だということも関係するかもしれない。
シャーは、珍しく不機嫌だった。酒さえ飲んでいれば機嫌のいい彼が、こんな顔をしているのは珍しい。グラスをぎりぎり握り締めながら、苦い酒を飲むシャーは、明らかにその店では異色の存在だった。彼の握っているグラスが丈夫な金属製だったのはよかったかもしれない。握り締めすぎて手からそれて床に落としても割れないし、意外に握力の強い彼が割ってしまうこともないわけなのだから。
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