礼を言うのも忘れ、青年は刀を大事そうに受け取った。その間に、シャーは軽く相手の腰にある剣を見やった。どこかで見覚えがあるような細工のある剣だ。一瞬わからなかったシャーだが、それがジャッキールが昨夜握っていたものに、似た細工があったことを思い出す。
「抜いてもいいのかい?」
「そりゃあ、刀を見るに抜かないわけにはいかないでしょう?」
そういうと、青年は、いても立ってもいられないように、鞘から刀身を抜く。シャッという音と共に引き抜かれた剣は、何故かいつもと印象が違うような気がした。
「すごいな、コレは……」
青年は、それを窓から入る光の方に透かす。砂漠の強い太陽の、それでも少ししか入らない光に照らされて、刀身は澄んだ色を見せる。
シャーの手にある時は、なぜか普通の剣なのに、飾りの入った鍔にその刀身は、特別に美しく見えた。
「……見たことのない剣だけど、……これはすごい」
シャーの持っている刀が、名刀なのは、実は素人目でもわかることである。そもそも、こんな刀が珍しいこの地方だ。その中では、この剣はよく目立つ。それに、大体、この刀を作っている鉄の質も少々違っているものだ。青みを帯びたような刃がすらりと光り、うっすらとした刃紋が浮かんでいる。芸術品的に綺麗なわりに、どこか陰に引き込まれるような、何とはいえない不安さをもたらす剣でもある。それが東方の刀に特有なものなのか、それとも、この刀が特別なのか、それはさすがの青年にも、シャー本人にもわからない。
「これは、東方の刀だな。遠くからきた商人が、一度持ってきたのを見かけたことがある」
「よく知ってるね。お兄さん、アンタ、鍛冶屋さんか何か?」
「ああ、一応は?」
それをきいて、シャーは、彼の中では全てのことに合点がいった。
「そういえば、人を探してるっていってたでしょ? アレは?」
「あ、ああ! そうだった」
慌てて青年はこう話しかけてきた。
「ジャッキールとかいう男を知らないか? 傭兵だし、こういう酒場には立ち寄ると思うんだが」
シャーは、内心やはりか、と思ったものの、外にはそれを出さない。青年は、続けていった。
「黒い服を着ていて、オレと同じような剣を持ってる長身の男だ。目立つ方だと思うんだがな」
「うーん、今のところは見てないかな、でも、一体なんなんだい?」
シャーは、あえて知らないふりをする。
「あんたも知ってるだろう。都でなにやら人殺しがあるっていうじゃないか。それと関係するかもしれないんだ」
青年は続けた。
「……オレはテルラといって、ハルミッドという鍛冶屋の弟子なんだが」
「ああ、この前殺されたって言う噂の?」
わかっていたくせにシャーは、ぱちんと指を鳴らす。
「ん、ということは、アレか。あの事件とこの事件って繋がってるのか?」
「オレはそう思っているんだが」
テルラがなにを言いたいのか、シャーにはもうわかる。
「なるほどね。で、君はお師匠さんを殺したのが、そのジャッキールってヤツだって?」
「ああ。間違いない」
熱っぽい声でテルラは言った。
「オレはあいつが師匠の隣で返り血浴びているのを見たんだ!」
(そりゃー、返り血を浴びないように避けるとか考えない男だからね。あのダンナ)
シャーは、心の中であきれた。そんな姿を見られれば、濡れ衣の一つや二つ、かぶったところで文句の言いようもないのだ。だが、それもジャッキールらしい気がする。ついで、いくつか身に覚えのない悪行をくっつけられているような気もしないでもない。
濡れ衣、とジャッキールがいったのは、つまり鍛冶屋殺しが濡れ衣だということだろう。それと今回の事件は深く結び付けられている。そのついでで真夜中の辻斬りの罪までかぶせられた、とジャッキールは考えているのかもしれない。
(ものっすごく要領悪いな……)
シャーは、素直にそう思う。そう考えると、あのジャッキールも可愛そうになるわけだが。
しかし、ジャッキールがハルミッドの剣を一本持っているのは間違いない。
ハルミッドの剣というのが、アレであるなら、ジャッキールが昨夜、自分の命ごと剣に預けるように戦っていたわけが判った気がする。
ということは、ゼダが刀好きのボンボンが関わっているといったことも頷けた。たしかに、あれぐらい綺麗でぞくりとするほどよく斬れる剣なら、一度は手にしたくなるのが、収集家のサガというやつだろう。収集癖はないシャーでも、よほど気になったぐらいだ。
「どうだろうか?」
テルラに言われて、シャーは彼の方に目を返した。
「うーん、今のところ見てないんだけど。何か目立つひとっぽいし、何かあったら教えてあげるよ。オレ、結構この辺歩きなれてるしね」
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