相変わらず、何となく恋人同士の会話とは程遠い空気が、背後に漂っているが、シャーも毎度のことなので、疑問におもわなくなってきていた。それに、別に最初から恋人でもないのだし。
「今日は、どう?」
「今日? こんなんじゃお仕事にならないものね。当分酒場も休業っていうところかしら。今日はうちの亭主は家に帰ってしまったから、後は、私と他の女の子達が夕方までに閉めて帰ろうってことになっているわ」
「なるほど。大変だね」
「仕方がないわ。それに、早く終わった方が、私達も安全だし」
リーフィは、シャーに茶を出しながらそういう。
そういえば、と、ふいにリーフィは眉をひそめた。
「昨日、私と別れてから何かあったでしょう?」
唐突にリーフィにそういわれ、シャーは一瞬きょとんとした。リーフィの表情は、明らかに、「あなた、昨日刀を抜いたわね」という顔をしている。シャーは、少々驚きながら髪の毛をかきやった。
「……勘が鋭いなあ、リーフィちゃん。な、なあんでわかったのかな?」
「ちょっと今日は顔つきが違うような気がするわよ」
「え、そう。ちょっと殺気ばしってるとかそういう? いつもより、凛々しい?」
期待を込めて、シャーが笑いながらそういうとリーフィはなんでもないように答える。
「というより、いつもはもっとふらふらしてる感じなんだけど、今日は比較的緊張感がある感じがするのよ」
「……そ、そう」
誉められたと思ったシャーは、思いも寄らない返事に少々がっかりである。
「でも、大体、斬りあいをやった後のあなたって、そういう「感じ」がするわよ。何かあったのね、やっぱり」
「んー、まあ、ちょっと。でも、特に大事にはならなかったから大丈夫だよ」
「様子を見ていればわかるわよ」
リーフィは、にこりとした。シャーは、思い出したようにリーフィに訊く。
「そういえば、昨日三人ぐらい斬られたとかいう話ない?」
「いえ、今日は誰も」
「ん? ……誰も?」
シャーは、何かひっかかったらしく、茶を飲む手を止めた。
「ちょっと待って。なんか斬られた人とかいなかったの?」
「ええ。少なくとも今日はそういう騒ぎはないわ」
ということは、昨日ジャッキールが切り捨てた連中はどうなったのか。一般人ではないとは思ったものの、片付けられたということは、そこそこの実力のある人間が関わっているとしか思えない。
「それよりも、シャー……」
するりと流してリーフィは、シャーを呼んだ。
「昨日あなたが言っていた人の話だけれど」
シャーが、リーフィのほうに顔を向けかけたとき、ふと、扉が開く音がした。
「おや、今日は休みなのかい?」
見慣れない青年が、入り口に立っている。年は、シャーよりも少し下ぐらいに見える。
「まあ、半分開いてて半分閉まってる感じかな?」
「お客さん?」
リーフィに聞かれて、青年は首を振った。どこかぶっきらぼうな印象もあるが、それ以上に素朴さの方が強いようだった。都の人間でもなさそうである。
「いや、少々人を探しているんだが」
「人探し?」
シャーは、何か気になっていたのか、例のごとくサンダルを履いた足を組んでいたのを、ちょっと解いた。
「あれ? ……ちょっと」
急に何かに気付いたらしく、青年が今までとは違う様子で、ずんずんと早足でシャーに近づいてきた。ここで美人のリーフィに目が行くのは自然なことだが、シャーの方に注目がいくのは珍しい。おまけに、青年はシャーの顔を見ているのではない。伸び上がるようにして座っている彼の、ちょうど右手の辺りに視線がいっているのだ。
いや、厳密に言うと、シャーは右手を剣の柄の上にかけて休んでいた。ということは、その右手の下にある刀をみているのだ。
「あの、その剣……」
「え? 何?」
シャーは、腰にさしたまんまの刀の柄を握って少々上にあげる。
「これかい? コレが何か?」
きょとんとして青年を見上げると、青年は少々遠慮したのか、ああ、と慌てていった。
「いや、珍しい剣だなと思って」
「んん〜、まぁ、そうかもしれないなあ」
シャーは、曖昧に答えながら、ちらりとその青年の腰にある剣を見やった。その柄に少々装飾がしてあるが、その装飾の様子が誰かの剣を彷彿とさせた。おそらく、剣自体もその誰かと同じ、西方の反りの一切ないもののようだ。
「それは使えるのかい?」
「いやあ、飾りにさしてるだけだよ」
シャーは、すっとぼけてそう答えた。
「ちょっと見せてもらってもいいかい?」
青年の目つきがどうも違っている。ああ、いいよ、といってから、シャーは、腰の帯から鞘ごと剣を抜いて青年に渡す。
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