「……貴様、少々腕を上げたか?」
 ジャッキールが楽しそうに言った。
「まあなあ。あれこれあってちょっとは落ち着いたってところだろうさ」
「だったら尚更いいな!」
 ジャッキールは、薄ら笑いと共に言い捨てた。
「どうせ斬り捨てるなら強い男を斬ったほうが面白い!」
 ヒュッという音と共に、ジャッキールの剣が唸る。シャーは今度は逃げず、足を地面にしっかりつけて、横なぎに力任せに振られてきた剣を受け止める。
 じりりと鳴る鉄の音と共に、刃の表面が摩擦し、火花が散っていくが、どちらも引かない。お互いの瞳に映る殺気が、月の光のせいか、妙に怪しくちらちらと光る。ギリ、と音を立て、鍔を当てながら、このまま押し合いをしても仕方がないことにどちらも気付き、同時にぱっと離れた。
(なあにが、腕をあげたか? だ……)
 シャーは、足を一度ひきながら思った。
(よく言うぜ。自分も強くなってるじゃねえか)
 動き自体は以前と変わらないはずだし、ジャッキールのようにほぼ完成された男の場合、急激に能力が変わることがないはずなのだが、確実に、攻撃に対する反応が素早くなっている。
(剣か?)
 シャーは、ず、と様子を見ながら足を進めてくるジャッキールの手に握られている武器を見た。血を浴びながら、それでも青く輝いて見える金属は、その細工一つとっても、あまりにも見事すぎる。それだけ見ても、以前ジャッキールが持っていた剣ではないことは一目瞭然だ。
(あの時、確かになまくらはよしな、とは言ったが……)
 ジャッキールの手に握られている剣は、月明かりの中でも凛とした光を放っていた。黒い手袋に守られた無骨な手に握られながら、それでも、それは毅然とした冷たさを感じさせる剣だ。なのに、ジャッキールの印象とぴったりに合っていた。
 武器によって、それだけ人の動きは変わるのだろうか。だが、ジャッキールの手の中で輝く、いっそ不吉なほど美しい剣を見たとき、シャーには何となくわかったような気がした。
 ジャッキールは、おそらくあの剣に、全信頼を置いているのだろう。それこそ、自分の命をすべて預けるまでに。だから、動きに一切迷いがないのかもしれない。
「行くぞ!」
 ジャッキールが吼える声がした。迫ってくる剣だけが、黒い影の中、光を浴びて際立って見えた。
 ガッと鋼鉄の噛みあう音がなり、痺れるような振動を感じる指先に力を込めて押し返す。力だけの勝負では、ジャッキールには勝てない。シャーは、うまく相手の力を利用しながら、すいっとその力を流し、劣勢に立たないように相手を軽く押し返しながら逃げる。
 横に避けながら逃げると、ジャッキールは間髪入れず、食いついてくる。
「チッ! この狂犬!」
 いい加減、後ろに逃げるのにも飽きたのか、シャーは突然反撃に転じた。引き気味だった剣を一気に前に突き上げる。その鋭い突きに、さすがにジャッキールは戦慄を覚え、さっと下がりながらそれをかわす。
 微妙な距離を保ったまま、また最初と同じ形になり、彼らはお互い、上がった息を軽く整える。
 月の光の下、砂漠の冷たい空気に、血の匂いがかすかに漂う。これほど不吉な夜もそうなかろう。シャーは、口元をぬぐい、低めていた姿勢を立て直した。
 息をおさめたらしいジャッキールが、静かに声をかけてくる。
「ふふふふ。なかなかお互い決め手を出せんな」
 まあな、とシャーは軽く答えた。お互い、明らかな差があるわけではない。下手に勝負をしかけるとそれは命取りになる。だから、お互い手をさほど見せずに、隙を狙っているのだ。
「それにしても、アンタも今日は調子がいいんじゃないか? 妙に剣が走ってるぜ」
「こういう月夜だ。……剣も血で濡れるには、いい頃合だろうが」
「詩人だな。アンタにそんな繊細なココロがあるとは思わなかったぜ。でも、それじゃあ……」
 シャーは、息をととのえながらきらりと目を光らせた。
「じゃあ、やっぱりそうなのか。ここのとこ、月に酔って人斬って回ってるのはやっぱりあんたなのかよ」
「何だと?」
 ジャッキールは顔をあからさまにゆがめた。シャーは追い詰めるように続けていった。
「月に酔って、血濡れの姿でうろつくのがアンタの趣味なんだろ? じゃあ、違うのか、ここのところ数人が死んでるってのは、お前にもわかるだろ?」
「冗談ではない! 俺は、そのようなことはしていない!」
 ジャッキールは思わず、カッとして言い、突然そのまま剣を振るってきた。
「へえ、どうだかな。返り血浴びたその顔で言われても、説得力皆無だぜ」
 シャーは冷たくいい、剣を弾いて飛びずさった。だが、いつのもようにジャッキールは追いかけては来なかった。
「俺ではない!」
 ジャッキールは、きっぱりといった。


* 目次 *