思わず微笑しながら、リーフィはそういった。
「いや、なんつーか、そのさあ」
 シャーは、思わず言い訳がましく言った。
「いや、ほらねえ。オレがどうこうってわけじゃないけど、なんつーか、リーフィちゃんの周りに悪い虫はつけたくないというか。オレが保障したいというか」
「まあ。私はそれほど惚れっぽくないから安心して」
 くすり、と笑うリーフィに一瞬安心して笑い返すものの、シャーは、はっと我にかえる。
(えっ、さりげなくソレ、オレも斬り捨ててる?)
 どうなのかわからないが、とりあえずは一安心するシャーである。リーフィは、ふいに、顎に手を置いた。
「でも、じゃあ大丈夫かしら」
「何が?」
 リーフィの心配している様子に、シャーは首をかしげる。一体何を考えているのだろう。
「……私が情報をつかむのに使う手段は、俗に言う色仕掛けというものなんだけれど」
 さりげなくリーフィが言った言葉に、シャーは危うく卒倒するところだった。



 リーフィを家まで送っていってから、シャーは、一人夜道を歩いていた。あれこれ、リーフィと情報を共有したり、打ち合わせしたりと、シャーにとっては少々楽しい時間をすごしたのであるが、それにしても、気に食わないのはあのネズミ野郎のことである。リーフィと至福の時を過ごしていたというのに、あの邪魔立て。正直、シャーの怒りはおさまらない。
「くそっ、あのネズミのヤツ。オレには癒しの場があそこしかないっつーのに!」
 足元の小石を蹴って、シャーは吐き捨てた。コツコツ地面に音を立てて飛んでいく石を斜めにみやり、シャーは面白くなさそうに口を尖らせた。
「あのキザ二重人格。他に優しくしてくれる娘がいるならそこでとどまっときゃあいいものをよう」
 こと色恋のことになると、シャーは自分にあまり自信がない。これまでの惨敗記録を思い出すと、さすがのシャーも妙にブルーな気分になってしまうのである。おまけに、相手はあのゼダ。あんな無害な顔して、キザだし、口はうまいし、挙句の果てに金持ちだし、何しろ場慣れしているしで、どうも異性の前での格好のつけ方がわからないシャーとはある意味正反対でもある。もしかしたら、ただからかいにきているのかもしれないが、それにしたって、生理的に合わない上に、あんな態度をとられると、シャーがおもしろいはずもない。
「畜生、あのネズミネズミ!」
 呪詛のようにつぶやきながら、シャーはもう一度小石を蹴った。
「ジャッキールのヤツにでも、出会っておっそろしい目にあわされればいい……」
 シャーはふと口をつぐんだ。自分の声と転がっていく小石の音しか聞こえない夜の闇の中、一瞬、悲鳴のようなものがきこえなかっただろうか。
 シャーは、息を殺しながら、そっと腰の剣の鍔あたりをおさえて、小走りに走った。足音を消しながら、たた、と走っていく。
 かすかだが、はっきりとした金属の音と、血の匂いが風に漂ってきたような気がする。凍るような夜の闇に、シャーは身をすべらせるようにして進む。
 彼が今まで歩いてきた大通りから路地裏にすらりと入り、そのまま進む。空高く上る月が、白金の光をおろす。満月にはまだ至らないそれが、なぜかどうにも不安をあおる色に見えた。
 曲がり角を曲がろうとして、シャーは、急ぐ足を止めた。そして、今度はそろそろとゆっくりと足を進める。
 向こうの闇に月明かりに照らされて、何か影が踊っているのがみえた。それが、けして風流なものでないことはすぐにわかる。
 シャーは、ふと体を半歩ずらした。そこに男が一人飛び込んできたのだ。慌てて走りこんできた男の息は荒い。震え上がった様子の男に、シャーは、声をかけた。
「どうしたんだい?」
「うわああっ!」
 声をかけられ、男はかえっておびえて走り出していく。その服装などを見る限り、どうやら役人などではないらしい。ごろつき風にも見えるのを考えると、誰かに雇われているのだろうか。
「……なるほどねえ。下手に手を出すとこうなるっていういい見本だな、ありゃあ」
 そういって近づくと、最後の一人と大きな影が切り結んでいるのが見えた。
 へえ、とシャーはひきつった笑みを浮かべた。
「これはまたひでえことするな。アンタは、正直強引すぎるんだよ」
 三人ほど、男がそこに絶命しているのが見えた。しかも、全員が一撃で致命傷を負わされていた。月明かりの下、黒い影が躍る。ソレを見なくても、シャーには、すでに相手が誰であるかわかっていた。
「久しぶりっていっておこうかねえ。あの時、廊下で別れて以来だっけ。よく生きてたねえ、ジャッキーちゃん」
 ざあっと、最後の一人を斬り捨て、その男が倒れた直後、影はこちらを向いた。シャーは、わずかに表情を凍らせた。相変わらず、人を斬る時に一切ためらわない男だ。


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