そっと肩に手をふれながら、ゼダはシーリーンの顔を覗き込む。
「こうやって、たまに笑って側で酒注いでくれるだけで、オレはいいのさ」
 そういって、何故かとても純粋そうに微笑める辺り、ゼダはやはり遊び人である。
 しかし、ゼダも別に全て演技で笑っているわけでもない。ゼダはゼダで、この逢瀬を楽しんではいる。だが、そんなゼダでも、どうして大金をはたいて、彼女を助けようとしたのかわからないことがある。
(大体、オレが囲っちまってるみたいで……)
 ゼダは、ふとわずかに眉をひそめた。
(まるで籠の鳥じゃねえか)
 それ以外、彼女を助ける方法がゼダには思い浮かばなかった。そう思うと、彼でも柄にもなく切ないような気持ちになることがある。籠の鳥なら、逃がしてしまえばいいと単純に思っていたゼダだが、彼女にあって考えが変わった。世の中には、籠の中でしか生きられない鳥もいるのかもしれない。 同じように身を落とした感じのするリーフィとは違い、どこか強かな印象もない。きっと、外の世界に放てば、長生きできないだろう。
 だが、別に彼女をそれだけで助けたわけではないと思う。実際、ゼダでも、彼女をどういう心境から助けたのか、時々わからなくなる。百戦錬磨の遊び人の彼でも、シーリーンに対するこの気持ちが果たして同情なのか、それともいつもの遊び心からなのか、それとも別の感情からなのか、いまいち図り損ねているのだった。
「幸せになってほしいとは思うんだがよ……」
「え?」
「ああ、いや、何でもねえ」
 思わず口に出てしまった言葉を、苦笑と共に消しながら、ゼダはため息をついた。
 しかし、迷いながらも結局、ゼダは、暇が出来ると彼女のところに遊びに来て、話をして、酒を飲んで、時に贈り物をしてかえるのが、ここのところの常である。本当は、自分でも、ただそれだけでのことを十分楽しんでいるのかもしれない。
「外では、何か物騒なことが起きているとか」
 シーリーンは、酒を注ぎながら不安そうに言った。
「ゼダ様は大丈夫ですか?」
「ああ、その話か」
 まさか、とゼダは心の中でつぶやく。
(オレがその男と間違えられて役人に追われてるとは言えねえよなあ)
 苦笑したのがわかったのか、シーリーンはふと首をかしげた。
「いや、何でもねえよ。おめえが心配するようなことじゃねえ。それに、オレはそういうのに襲われたりしねえほうだしな」
「でも、どうかお気をつけくださいね」
「ああ。そんなこと気にせず、お前はゆっくりと休んでくれよ。でも、ゆっくりとでいいんだぜ。お前に金をかけてんのは、オレの気まぐれなんだし、オレに遠慮せずにここにいろ」
 シーリーンは、ふと目を絨毯の上に落とした。ゼダの世話になることには、彼女も気に病んでいるようだった。ゼダは、上半身をやや起こすと、シーリーンの肩に手をおいた。
「気にするな。だから言っているだろう。オレはおめえの顔がみたくて、ここに来てるんだよ。おめえが楽しくここでやって、ついでに元気になってくれれば、オレは言うことねえんだ」
「……は、はい」
 こくりとうなずくシーリーンを見て、ゼダは、人知れず安心する。軽くシーリーンの頭をなでやって、ゼダは杯を手に、酒をふくもうとしたが、ふとその動きを止めた。ぱっと鋭い視線を廊下の方にやって低い声でたずねる。
「誰だ?」
「すみません。オレです。ザフです」
 部屋の向こうから聞こえる小さな声に、ゼダは崩していた姿勢をやや整えた。
「……オレが出て行ったほうがいいのかい?」
「すみません。できますなら」
 控えめなザフの声に、ゼダはうなずき、杯の酒を飲み干して、立ち上がった。シーリーンは、彼を見上げる。
「お帰りですか?」
「悪いな。ちょっと面倒なあれこれがあるらしいんだよ」
 ゼダは、立ち上がろうとするシーリーンの肩をおさえて座らせると、少しだけ笑った。
「またきてやるよ。だけどなあ。本当の事いうと、オレみたいにいい加減で、しかも何時死ぬかわからねえ男なんて待つもんじゃないんだぜ」
 そういいやる様子が、いかにも遊び人なのだが、本人はもしかしたら気付いていないのかもしれない。ゼダは、上着を引きながら入り口から外に出る。
「それじゃ、ちゃんと養生するんだぜ。薬は届けさせるから」
「あ、ありがとうございます」
「じゃあな」
 頭をさげるシーリーンに笑いかけ、ゼダは、ザフに従って外に出た。しばらく無言で歩き、ザフは、周りに誰もいないのを確かめる。それがわかったのか、ゼダのほうが静かに切り出した。
「何か動きがあったみてえだな」
「はい。くつろいでいらっしゃるところ、すみません」
「いや、いいってことさ。あまりいると、あの娘は気疲れして熱をだしちまいそうだからさ。で……」
 ゼダは、目をあげる。
「なんだって?」


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