「坊ちゃん。どうやら、疑いはあらかた晴れたようです。連中の動きが変わりました」
 ザフが安心したようにそういっても、ゼダは相変わらず淡々としている。
「へえ、そりゃよかったな。でも、濡れ衣とはいえ、いい気はしねえやな。まさか、カドゥサの金が動いてるんじゃねえだろうな?」
「いえ、そうではないようです。目撃者が幾人か現れたのですが、どれも坊ちゃんからは大きく特徴が……」
「そりゃそうだ。オレは関わっちゃいねえんだからな。で」
 ゼダは、据わったような目を翻して、ザフを見る。
「その目撃されたヤロウはどういう男だったわけだよ?」
「坊ちゃん!」
 ザフが、端正な顔をしかめる。
「坊ちゃん、また何か関わる気ですね!」
「まさか。オレは情報が聞きたいだけよ。元から好奇心は旺盛な方だからな」
 ザフは、額に手をやってため息をつく。どうも、また主人の悪い癖が顔を覗かせたらしい。ザフは、頼み込むような口調になった。
「坊ちゃん、お願いですから、無茶はよしてください。これは関わったら命にかかわります。い、いえ、坊ちゃんが弱いというわけではないのですが、それでも、もう相手は何人も殺しているんです。何かあったら……」
「心配するな。オレは、別に関わったりしねえよ。ただ知りたいだけだ」
「本当ですか」
「本当だよ。疑うのか?」
 ザフは、考え込んでいたが、ゼダの顔色があまりにも変わらないので、一応信用することにする。
「黒い服の結構な大男らしいんですが」
「目撃した人間ってのは」
「……カタスレニア近辺のパリーアという酒場づとめの娘だそうですが……坊ちゃん」
 ザフは、不意にまじめな顔つきになった。
「本当に、関わらないんですよね?」
「なあにいってやがる。オレがお前に嘘をついたことがあったか? そもそも、心配性なんだよ、おめえは」
 ゼダはそういって笑い飛ばしたが、ザフは余計心配そうな顔になった。彼の主はいつもそうなのだ。なんでもないようにとぼけながら、とんでもないことをしでかす。こうやって、彼がへらへら笑っているときほど、彼は自分を出し抜いて、勝手に事を起こすのだ。
 大体、ゼダが嘘をついたことがないはずもない。ザフは、しゃべってしまったことを後悔しつつ、ゼダが約束を守って出て行かないことを祈るばかりだった。




 夜の風にさそわれ、彼はふらりと城下を供もつれずに歩くことがある。一見目立つ特徴を持ってはいるが、素の彼と印象が随分違うので、よほどでない限り、その正体がわかることはない。
 将軍という身分になっても、結局街の雰囲気を忘れ去ることは出来なかったらしく、ハダート=サダーシュは、意外に街の中に溶け込むのが好きだ。辛い思い出もあるくせに、結局、居心地のいいふかふかした椅子には座り続けることができない性分でもあるのだ。
 おまけに、今、町ではなにやらアブナイ事件が起こっているとも言う。好奇心が生きる糧のような彼が、それに反応しないはずもない。
 頭に巻いた布の間から銀色の髪の毛が垣間見え、切れ長の目に覗くのは青い瞳。すらりとした整った顔立ちのハダート=サダーシュは、そのまま、ごく自然に小さな酒場に入った。いつもの行き着け、亭主に酒を頼むと、ハダートは店の奥に座っている相手の反対側にすわった。
「全く。いきなり呼び出されるとは思わなかったぜ。しかも、話が終わったらすぐ帰れって」
「いや、オレ、かわいい子と待ち合わせしてるの」
 本当か、と言いたげに彼は横目で見るが、彼の言葉の真偽など大した問題でもない。
 「……しっかし、なんでオレを頼るかねえ」
 あきれるようにいうハダートをみながら、何となく緊張感がない声が響く。
「仕方ないでしょ」
 しゃっきりしない声が聞こえ、目の前で青年が、空の杯をもてあそんでいた。あきれかえるハダートに、青年は、相変わらずの三白眼をちらりと上に上げる。。
「あんたも、結構カラス体質なんだよねえ。好奇心が旺盛すぎるっていうかさあ。だから、絶対野次馬すると思ってね」
 シャーは、そういいながら頬杖をついてにんまりと笑った。
「あまり嬉しくない言われようだな」
 ハダートは、運ばれた酒を受け取って口に含み、そして声を低めた。
「だが、オレも情報はあんまりつかんでねえんだよ」
「でも、上と関わってるかどうかとかはわかるんでしょ。一応きくけど、どうなのさ」
「ソレは、関係ない。一応調べてみたんだが、連中に怪しい動きはない。大体、利点もないだろうし」
「そうか〜。よかったような、よくないような」
 シャーは、複雑そうにいいながら、頬杖をついた。それを眺めながら、ハダートは足を組む。


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