その物言いで気づいたのか、それとも薄い明りで正体がわかったのか、バレンはその男が誰であるかわかったようだった。そのせいか、彼らの間の緊張がふっと緩む。今まで相手がリーフィの用心棒ではないかと緊張していたのだった。
「なんだ、この前のへたれ野郎か? 生意気なこといいやがって! 今度は怪我じゃすまねえぞ。さっさとかえれ!」
「オレもそうしたいのは山々なんだけど〜、女の子を置いてかえるなんて、ちょっとあんた達、かっこ悪いとおもわないかい?」
シャーは倒れそうなほど、そっくりかえっていった。
「というわけで、今日は頑張ってかばってみます! ねー、リーフィちゃん、オレ、ちょっとかっこよくなあい? かっこよかったら、後で褒めてね。」
「な、何を言ってるの?」
さっきとは随分と態度が違う。だが、相変わらずシャーの目は普段と違っているのだった。それが少しだけ不気味で、本心がわからなくて、リーフィは何となく不穏に感じた。だが、バレンはそれに気づいていない。シャーの変貌にどうして気づいていないのか、寧ろリーフィは謎だった。
「それにさあ、今更リーフィちゃんをいじめたって、あのベリレルさんは出てこないと思うよ、バレンさん。」
シャーは笑みを刻みながら、ふざけた口調で言った。
「それにねぇ、もう手遅れだよ。今更躍起になったって、あんた達、すでに罠にはまっちゃったあとだもんねぇ。してやられたんだろ、あいつにさあ。」
何もかも見透かしたような物言いに、ベリレルははっとした。ちらと、シャーは視線を投げる。夜目にもはっきり見える彼の目に、何か危険な光があった。
「ど、どういう意味だ!」
バレンはやや焦る。シャーは軽く肩をすくめる。
「ははん、ベリレルが、あんたんとこの親分のライバルのヤクザと通じてたんだろ。情報丸々流されちゃって、おまけにベリレルと一緒に組んでた奴が何人か不慮の死を遂げちゃった。つまりゃあ色々と血の惨劇が起きたってわけだな。それでオヤブンが切れちゃった。だぁけど、肝心のベリレルさんはドロン。」
シャーのおどけた口調と、彼の雰囲気が異様にアンバランスだった。シャーはまだにやついた顔のままだ。
「それで慌てて追いかけてみたら、なんとベリレルさんはリーフィちゃんに最後の密書を届けさせるように頼んでいたらしい。それには、どこどこで誰を殺ったかっていう情報が書かれてるはずだ。だとしたら、ベリレルの裏切りをちゃんと実証できる。そうすりゃ、あんた達も心置きなくあっちのソシキと戦争始められるよなあ。大義名分がたたなきゃ、ただいわれのねえ喧嘩を売ったも同然だからな。」
「な、なんだとおっ!」
バレンの焦りは、シャーの読みが正しいことを示している。
「ご、ごちゃごちゃいってるんじゃねえ! とっととそこをどけ!」
バレンは眉を吊り上げて、強面を更にこわばらせた。シャーはふんと笑う。
「ダメダメ。だから言ってるじゃないの。オレだって、時々いいカッコしたくなるんだもん。」
ふっと歪んだ笑みがシャーの口元を彩った。少なくとも、リーフィはあんな笑みを浮かべる彼を見た事がなかった。寒気のようなものが背筋を走る。
「それに、この街中で抗争なんか始められてみろ。ここを根城にごろごろしてるオレが一番迷惑こうむるんだよね。のんびりたかって飲んで遊んでられないじゃない。」
すっと足を進める。サンダルが砂を噛んでじゃりり、と音を鳴らした。自然と右足が前に出、そっと左足を後ろにやる。そのまま腰の刀の柄に手を添える。
ぐっとシャーの声が低くなった。
「リーフィは渡せないぜ。あんた達こそかえらねえなら、力ずくで帰してやるさ。」
「生意気言うな!」
聞いていたバレンの後ろの男が、さすがにこの言葉に怒ったようだった。怒りの声をあげてそのまま持っていた曲刀を抜く。そのまま、彼のほうに向かって走ってくる。ひょろっとしたシャーの風体に侮ったのか、かなり油断した動きだった。
「全く、面倒だよなあ。」
そういい、すっとサンダルの足を浮かせる。そのまま、シャーは水平に飛んだ。飛び掛ってきた男の下にもぐりこむような姿勢で、引き付けた刀を鞘ごと引き抜き、横に流した。
「がっ!」
頭上でうめき声がした。そのまま倒れ掛かってくる男をよけるように、シャーは半歩ほど横に飛んだ。男は、彼が避けたちょうどその横に倒れこんで、かすかにうめいている。
「こ、この野郎!」
シャーはまだ剣を抜いていない。今のは鞘をつかって打撃しただけだ。
シャーの笑みは少しだけ青く歪んでいる。その笑みを浮かべたまま、とうとうシャーは、鞘に手をかけた。しゃん、と音が鳴った。
「ここからは命のやり取りだ! 臆病者は帰んな! ただですむと思うなよ!」
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