「立ち聞きなんて? オレ、そんな無作法な男じゃなくてよ。ひっどいなあ。大体オレ、あの日、中で飲んでたのよ? どうやって立ち聞けばいいんだい?」
「…あなたは、いつもふらりといなくなるわ。傍にいても、いつの間にか…。」
「ひどいなあ。信用がないんだねえ、オレ。」
どこまでが本気なのかわからない。だが、すっと足を進めるシャーは、何となく表情が伺えなかった。ぞっと背筋に寒気が走る。
「ただね、リーフィちゃん。」
リーフィは後ずさりながら、短剣を抜けるように力を込める。
「オレはね、もしかして、あんたのそのトンボ玉の首飾り、それにお手紙が隠されてるんじゃないかなあなんて、…ちょっと思ったりしてるんだよねえ。」
ざっと、シャーのサンダルが音を立てた。
「ちいさいメモなら、ビーズの間にねじ込んで隠せるでしょ? 長い手紙は無理だけど、人名を三人ぐらい書いただけとか、場所の打ち合わせぐらいならできるよね? 違わない?」
やや猫背のシャーは、そのままでそろっと近寄ってくる。リーフィはびくりとして壁に背をつけた。
「寄らないで!」
「近頃…」
リーフィを無視するようにシャーは続けた。
「近頃、この辺り、妙に治安が悪いのわかるよね。オレなんかこの前もかつあげにあっちゃってさあ。でも、奴らが昼間からオレみたいなぶらぶらしてる奴をいじめるってのは、それだけ気が立ってるってことなんだよねぇ。」
「何の話…?」
「最近、この近くの二つのやばい組織の連中が喧嘩してるって、知ってる?」
にっとシャーは笑い、話を続けた。
「元から連中、仲悪い事じゃあ有名だったけど、最近本格的に仲たがいしたんだよねえ。あんたのカレシさんは、そもそもは賞金稼ぎと博徒の二足草鞋。おまけに博打にゃ失敗して借金まみれ、それで仕方なく用心棒やって食いつないでるってハナシ。」
リーフィはただ黙っている。シャーは、月明かりに不気味に笑んだ。
「オレをこてんぱんにしたバレンって奴は、あんたのカレシさんが雇われてるソシキの一員。えーと、確かジェレッカだっけねえ、そういう名前のボスのとこの幹部だろ、あのおっさん。」
ごろつき以下の、ただのふらふらしているだけの遊び人のシャーが、ここまで街の勢力図に詳しいわけがない。彼はそれと関わらないように生きているのではなかったか。今まで何も知らないような顔をしていたのに、どうしてここまで知っているのだろうか。
「あなた、一体、何者なの。」
リーフィに訊かれ、シャーは事のほか優しく微笑んだ。それが、青く薄暗いこの空のした、あまりにも得体のしれないものに見えた。
「ただの酔っ払いのシャー=ルギィズだよ。それ以上でもそれ以下でもないってやつ?」
「じゃあ、どうして私にそんな話をするの?」
冷静な物言いだが、リーフィはかなり動揺していた。シャーは首を振る。
「ただね、…オレはリーフィちゃんがこれ以上巻き込まれるのをみてられないだけだよ。安心して。あんたに危害は加えたりしないからさっ。オレは紳士だからねえ。」
いまいち信用のならない台詞だ。リーフィは未だに短剣の柄を握っている。シャーは、それに気づいてはいるらしいが、その事に対して言及しなかった。
「リーフィちゃん、ホントはわかってるんじゃないのかい?」
シャーは言った。その口調はすこしだけ哀しげだった。
「あんたのカレシさんのベリレルが何しようとしてるかさ。」
と、シャーは不意に身体を反らせた。思い切り反らせたそこを石が通り過ぎていく。そのままリーフィをそっと後ろに追いやりながら、彼はざっと彼女を背でかばうように足をやった。
「ふふん、今頃かぎ付けてきたんだな。ちょっと遅いんじゃないの。」
その行動にもリーフィは驚いたのだが、前から現れた男たちの正体も彼女を驚かせずにはいられないものだった。
「バレン!」
リーフィは前から現れた男の顔を見て叫ぶ。そこにいる巨漢は、たしかシャーをこの前恐喝していた、あの男である。
「リーフィ。てめえがベリレルからの手紙を預かってんのはわかってるんだぜ!」
バレンはそういいながら、のっそりと近づいてくる。他に十人ほどの男が後ろからついてきていた。
「大人しく出せば、お前だけは許してやってもいい。」
と、いいながらバレンは少し下卑た笑みを浮かべた。
「お前は結構上玉だからな。」
「いやな奴だねえ、セクハラ発言はご遠慮願いますよ、旦那。」
リーフィが何か答える前に、シャーがバレンをさえぎった。そのままにんまりと微笑むが、バレンは最初、彼が誰だかわからなかったようだ。慌てて彼らがざっと体勢を整えたのがわかった。
「あんたの口からきくと、みょーに気持ち悪くってさあ。お願いだから、そういう気持ちの悪い事いわないでくれる?」
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