「…どうしてここにきたの?」
そこにいたのは、背の高いすらりとした男だった。黒い髪は、すべて後ろに束ねて布で縛ってある。 均整の取れた顔つきの、かなりの美青年といえるだろうか。だが、黒い目には、どちらかというと戦場の狂気を髣髴とさせる凶暴さと、せつな的に生きる者の気楽さが感じられた。そして、動きやすそうな服の帯には、反身の剣がつるしてあるのだった。どちらにしろ、あまり良い商売をしているとは思えない。顔だけ見ていると、割と高貴そうな感じではあるが、全身からはごろつきの匂いがしていた。
「リーフィ…探したぜ。」
静かにいい、男は静まり返った酒場に足を踏み入れ、リーフィの元に歩み寄った。リーフィは、表情を崩さなかった。
「…何のよう? 仕事中は、ここには来ないでほしいと言っていたはずよ。」
「どうしても、お前に頼みが…」
言いかけて、男はリーフィの肩に、実際はしがみついてはいないのだが、しがみつくようにして後ろに立っているひょろりとしたくせっ毛の男をにらみつけた。
「てめえ、何だ。」
「な、何だと申されましても、ただのしがない酒飲みです。」
すでに圧倒されているらしいシャーは、萎縮しきっていたが、さらに男の疑るような敵対の視線にあい、ひょいとリーフィの背に隠れきってしまった。それが気に食わなかったのか、ずんずんと入り込んできた男は、シャーの胸倉をつかもうとする。ふと、リーフィが、男の前に回って、シャーの前に立ちはだかる形になった。
「この人は、この酒場の馴染みよ。…喧嘩は止めて頂戴。」
「冷てぇ言い草じゃないか。…まぁいい。ちょっと外に出ないか。」
「…少し事情をうかがってからね。…シャー、ごめんなさい。」
リーフィは、シャーに一言謝ると、彼からすっと離れる。シャーは、首を振って小さく「気にしないで」といい、ついで「ありがとう」と態度で示したが、リーフィはすでにシャーのほうに気を止めてはいなかった。
解放されたシャーは、ため息をつきながら、舎弟たちの下へと戻ったが、戻ったとたん、彼は急に強気になった。いつも能天気なシャーであるが、今日ばかりは一目見てわかるほどふくれっつらをしている。
「誰あいつぅ〜…」
シャーが不満たらたらに言った。めったに不機嫌にはならないシャーなので、横にいた連中は、彼がいかに不満だったかよく理解できた。
カッチェラが、親指を示しつつ、小声でシャーにささやく。
「あいつが、リーフィのコレって噂のベリレルですよ。風の噂ですが、やつは相当な腕があるらしいですね。」
「えぇ〜、あれが? オレのほうが美男子じゃない?」
「兄貴、それは兄貴の目が腐っているだけじゃ…イテッ!」
シャーにそういおうとした男は、横からカッチェラに殴られる。不満そうな顔をしていると、カッチェラが小声でそっとささやいた。
「本心では気づいてるんだから、黙ってやってろよ。どう見たって、あっちのほうが顔も腕も上…」
「カッチェラ、オレ、聞こえちゃった。」
少なからずショックを受けたように、シャーは横目で恨めしそうにカッチェラを見た。が、すぐに目を返して、リーフィとベリレルを眺める。どうやら、何か言葉を交わしているようだった。
「で、なにやってんの? あの人。」
「さぁ。噂に寄れば賞金稼ぎをやってるとか何とか。だけど、結構博打もしてるみたいだし、やばい連中から借金をしてるってえ噂もちらほらですよ。まぁ、堅気じゃないのは確かで。」
カッチェラは追求されなかったことを幸いと、もはや知らぬ振りをしながら答える。シャーは、むっとした顔をしたまま、「住所不定無職のオレのほうが、素敵じゃない。」などと口の中でいっているようだった。
「…別に、オレは気にしてないもんね〜…オレはオレの魅力で勝負するし。」
ぶつぶつ言っているシャーを、遠巻きに彼の舎弟たちが眺める。背筋から怨念でも飛び出てきそうな雰囲気と、その視線があまりにもあまりなので、カッチェラがため息をつきながら、そっと進言した。
「兄貴…ひとつ言っていいでしょうか。」
「何?」
目をむけもせず、シャーは向こうを凝視している。カッチェラは、少し戸惑った後、やはりきっぱりと、
「こういっちゃなんですが、男の嫉妬は見苦し…」
「嫉妬じゃないの! ただの観察!」
カッチェラがすべて言い終わらないうちに、シャーの声が響いた。
「オレの踊りで、場が盛り上がるはずだったのに、あいつが来たから盛り下がっちゃった。オレはそれに怒ってるだけ!」
「…兄貴…」
哀れっぽい目で見守る馴染みたちの視線を受けながら、シャーは、ベリレルとリーフィが、何事かを交わして外に出て行くのを、まさに恨めしそうな目で見ていた。
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