シャーは更に焦って慌てて言葉を続けた。
「ごっ、ごめんね、リーフィちゃん。オレがいっても仕方ないよね。当事者でもないのにさ…、偉そうに言っちゃって…。オ、オレの言う事、気にしなくっていいのよ、ホント。」
「シャー…」
リーフィは、闇にうっすらと微笑んだらしい。シャーははっと顔を上げた。
「そうね。…あなたの言う通りかもしれないわ。捨てられる事ももしかしたら殺されるかもしれない事も、そう、なんとなくわかっていたのよ。…でも、ベリレルは私を一度助けてくれた男なの。恩人は裏切れなかったのよ。」
リーフィは寂しげに笑った。
「あなたって変わった人ね。…なんだか、不思議な気分だわ。」
リーフィは、あまり表情のないその顔に、うっすらと微笑を乗せた。その笑みに、油断していたシャーは、思わずどきりとしてしまう。
「あなたの言うとおりにして、私が狙われても、あなたは私を守ってくれるのよね?」
「そ、それは、も、もっちろん…!」
リーフィは、そう、と短く応えた。
「それじゃあ、あなたの忠告に従おうかしら…。」
「そ、そのほうがいいよ。」
少しだけ顔を赤面させて、シャーはぎこちなく応える。くす、とリーフィは微笑んだ。それから、少しだけ申し訳なさそうな顔をする。
「でも、ね、ごめんなさいね、シャー…。そこまでしてもらっても、わたしはあなたを好きにはならないと思うわ…。ごめんなさい。」
何となく予想はできていた。シャーは、ふうとため息をつく。
「いいんだよ、別に…オレは、そういうんでリーフィちゃん助けたわけじゃないんだからね。」
リーフィに言われて、シャーは、寂しそうに笑んだが、その笑みはおそらく暗闇にまぎれて見えなかったかもしれない。
すっかり夕方の気配は消えていた。辺りは暗い闇が支配し、夜になっていた。
「さあ、安全なとこまで送るよ。いっとくけど、オレ、送り狼じゃないからね〜。」
シャーのおどけた声が聞こえたが、彼は顔を向こう側に向けていて、見えるのは青いマントだけだった。
だから、リーフィは、シャーがどんな顔をしていたか知らない。シャーも、闇から顔を覗かせるようなことはしなかった。
だから、シャーが悲しみに沈んだ顔をしていても、リーフィはそれをおそらく知らない。
次の日も、何事も無かったかのようにシャーはふらりと酒場に現れた。先に酒場に入っていたリーフィもいたが、シャーは自分から話しかけることはしなかった。リーフィは仕事中だし、昨日の今日で話しかける気分にはならなかったのである。
相変わらず、例の野郎共と一緒に何の華もないまま酒を飲んでいたが、この日は、やや状況が違った。シャーの態度ではなく、変わったのはリーフィの態度だったのだ。
他の客を相手していたり、給仕をしているリーフィが、通りすがりにシャーに微笑みかけていくようになったのである。
あの無愛想なリーフィが、それもシャーに微笑みかけたので、酒場の連中は一様に驚く。だが、当のシャーときたら、折角リーフィが微笑みかけてくれたというのに、寂しげな笑顔で会釈し返すだけである。
「な、なんですか? 今の?」
「なんでしょー…」
カッチェラがきいても、シャーはぼんやりと答えた。
「今、あの無愛想なリーフィが兄貴ににこってやったじゃないですか!」
「うん、機嫌がいいんだねぇ、きっと…」
何となくしょぼしょぼした様子のシャーに、カッチェラはじめ彼の取り巻きたちは、奇妙な目を向けた。あのリーフィが明らかに、シャーにだけ態度を変えているのに、当の兄貴のこの落ち込みぶりはなんなのだろう。もう少し舞い上がっていてもおかしくないというのに……。
「兄貴、リーフィ笑ってますよ。」
「わかってるってば。」
「……アレは兄貴に気があるんじゃないですか?」
「そんなわけないの。あのね、…オレ、今哀しみの絶頂にいるの。いいんだ〜、女の子なんて硬派なアタクシにはいらないんだもん。酒だけが友達なんだ〜。」
いやに意味深な事を言う。カッチェラはとうとうわかったといいたげに、ぽんと手をたたいた。
「なんですか? 身を引いちゃったんですか? それとも、身を引いたからかえって気に入られたんですか?」
カッチェラがそうっと訊いた。状況的にはそうなのかもしれない。言い当てられて、シャーは余計に落ち込んで、急に彼らのほうから壁に対面して酒をちびちびとやる。その妙ないじらしさを見るのは、何となくあわれっぽくて忍びない。
「なんで押さないんですか。押したらコロッと行くかもしれないじゃないですか。」
カッチェラが肩をすくめながら言った。
「だって、あんなに笑ってるんですよ。好感度あがってますって!」
「いいの。いいの、今日のオレは酒だけあればいいの。」
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