いいながら、シャーはくるくるまいた髪の毛をぐしゃりとやった。
(ああまで言われたら、身を引くしかないってーの。)
 シャーは人知れずため息をつく。酒が妙に苦かった。
「シャー…」
 ふと、綺麗な高い声が聞こえ、シャーはびくりとして慌てて振り返る。そこには、驚く舎弟たちを押しのける形で、リーフィが立っていた。
「今日は、あなたにお礼を言おうと思って…ちょっといいかしら?」
「あっ、こら、お前達解散しなさい!」
 急にシャーは周りにいた連中を手で追い払い始め、慌てて自分も立ち上がった。
「え、と、それじゃ、お店の裏にでも?」
「店の裏!」
 周りにいた野郎共が即座に反応した。
「兄貴!」
「なんか怪しい!」
 いかがわしいとでも言いたいのだろう。シャーは、急にきっと連中を睨んだが、その顔はリーフィが昨夜見たシャーとは違った。睨んだとしても、今のシャーには昨夜のような恐ろしさはなかった。
「そんなことするわけないだろっ! 見損なうなよ!」
「振られすぎておかしくなるってこともありますし。」
「大体、兄貴は見かけが変質者ですからね…」
「誰だよ! 今、オレの事を変態っていったのは〜!」
 シャーは、必死の顔をして連中に言い返す。自分で変質者から変態に一ランク格をあげてしまっていることには気づいていないようだ。
「とにかく、オレはそーゆーいかがわしい男じゃないのっ!」
 シャーは周りの連中をどんと突き飛ばしながら、立ち上がった。
「ぜーったいついてくるなよ!」
「なんだよ、変態!」
「兄貴の変態!」
 いつにもまして、少し格好をつけているらしいシャーに、弟分たちの変態コールが後ろから追ってくる。
「うるさーい、オレが博打でもうかって大金入っても、お前達には、お茶一杯でもおごってやんねえからなあ!」
 シャーは、あてもないくせにそういい捨てると、連中の好奇の視線を浴びながら、リーフィを伴ってとっとと酒場の裏に出た。
 裏は人気がなかったが、それでもシャーは念入りにのぞかれていないか探った後で、リーフィのほうに向かった。
「ご、ごめんね、あいつらが馬鹿で。」
「いいのよ。悪い人じゃないのはわかっているもの。」
 リーフィは首を振った。
「あ、リーフィちゃん、オレ、昨日いいわすれたんだけどねえ…」
 シャーは左右の人差し指をつっつきあわせながら、苦笑いして言った。
「オレが、あんなに強いってこと、黙っててくれる? それとも、もう言っちゃった?」
「いいえ、…何となくそんな気がして、誰にもいっていないわ。」
 リーフィはそう答える。シャーは安堵したようにため息をついた。
「そう。よかった。…オレが強いなんてわかったら、他の奴ら態度変えちゃうでしょ。それがどうにも嫌なんだ。だから黙っててよ。」
「…そうね。」
 リーフィは静かに答えた。
「私も、あなたが今のままの方がいいと思うわ。」
「わかってくれてありがと。」
 シャーはにっと微笑んだ。いつもながらの軽い言い方だが、リーフィは、それに何となく安心感を感じた。そして、彼女は、ふと微笑んだ。それは薄い笑みで、ほとんど笑っているかどうかわからないものではあったが、無表情なリーフィには珍しい表情でもあった。
「シャー…わたしも、昨日言い忘れた事があるのよ。」
「どうしたの? 困ったことがあったの?」
 シャーは眉をひそめた。シャーは、てっきりベリレルか誰かが彼女をまだ困らせたのだろうかと思ったようだ。リーフィは静かに首を振り、戸惑うシャーにかまわずそっと身を寄せた。
「あなたに惚れる事はないといったけれど…」
 リーフィは耳元でそっとささやいた。
「わたしはあなたを嫌いだとはいっていないわ。」
 そういって、リーフィはシャーの頬に素早く軽く口付けた。なれない事に、シャーは一瞬、自分が何をされたのかわからなかったらしい。ようやく気づいたのか、ひどくまじめな顔になってまじまじと彼女の顔を見上げる。リーフィはにっと口元をほころばせ、シャーの手に手にしていた酒瓶を握らせる。
「り、りーふぃちゃ……?」
「昨日のお礼よ。わたしがあなたにおごっただなんてお店の人にはいわないでね。怒られてしまうから。」
 リーフィはそっとささやくと、呆然としたシャーを置き去りにすらりと立ち上がった。そのまんまきびすを返していってしまう。
「それじゃあね。」
 リーフィの声がどこか遠くから聞こえてきた。
 シャーはしばらく呆然としていたが、やがて思い出したようにコテンと壁に頭をくっつける。へらっと不思議な笑みを浮かべながら、シャーはもらった酒を大事そうに抱きかかえ、片方の手で自分の頬を撫でた。
「世の中って、幸せってばヘンなところに転がってるんだねぇ〜。」


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