シャーが気合の声と共に、三連続で突きに入った。忍び込むように叩き込んだが、ベリレルはそれを見事に避け、シャーの側面から回り込んで斜めに切り下げてきた。反射的に身を翻し、紙一重でそれを避ける。シャーの青いマントの裾がそれを掠って破れたようだった。
「チィッ!」
ベリレルの舌打ちが響き、シャーは斜めに追撃を避けて飛びのいた。
「へ、へへ、さすがだな…!」
さすがのシャーも息が少し上がってきていた。ふうと一息をついて、乱れた息を整えると、彼はベリレルが更なる追撃を繰り出してきたのをとらえた。つ、と足を横にずらし、シャーは自分も刀を薙いだ。
ガッと音が鳴り、お互いの刃が噛み合ってぎりぎり音を立てる。タイミングがあったせいと、お互いの力が拮抗しているためどちらに押される事もなく、刀は絡みついたまま同じ場所をわずかにいったりきたりしている。
軽い膠着状態だった。どちらかがうまく早めに剣を引かなければならない。或いは、ベリレルは押し切るつもりかもしれないとシャーは思う。力の差だけを単純に考えると、シャーには少し不利だ。この状態を何とか脱して横にうまく逃げられるように隙をうかがった方がよさそうだった。
その時、
「リーフィ!」
ベリレルの声が聞こえた。今まで、固まったようにそこで二人の戦いを見つめていたリーフィは、その声で我に返った。
「オレが、盗賊に殺されそうになったお前を助けてやったのは忘れてないだろうな!」
リーフィは、無言でたたずんでいる。
「こいつを殺せ! 短剣をもってるんだろ!」
シャーは、ふとリーフィのほうをうかがった。リーフィに戦いに入ってこられたら、シャーは戦いづらくなる。だが、リーフィは動かなかった。立ちすくんでいるというよりは、静かに佇んでいるという風情だった。
「リーフィ! 聞いてるのか!」
業を煮やしたベリレルが叫んだが、冷静な声がそれに答えた。
「ベイル…。それは無理よ。」
シャーはちらと目を彼女の方に向けた。リーフィの顔は、わずかな月光の下、いつもよりも青白く見えたが、それは女神のように冷たい美しさがあった。
「…わたしはあなたの命令をいつだって守ってきたわ。」
リーフィの声は、時が止まったように冷たく、しかし清らかに空気に響き渡った。まるで月光のような声である。
「シャーはわたしを助けてくれたわ。…あなたに対してそうだったように、恩人は殺せないのよ。あなたの言う事はきけないわ。」
「リーフィ! てめえ!」
ベリレルの怒りの声が響いた瞬間、シャーは隙を突いて斜め後ろに抜け、こう着状態を脱した。
「いつまでも、あの子を苦しめてるんじゃねえ!」
シャーは雄たけびと共に、ベリレルに向かって突っ込んでいった。ベリレルは防御体勢にはいったが、シャーが懐に飛び込むほうが早かった。シャーは、そのまま刃をベリレルの腹部に叩き込んだ。
シャーが身を翻して彼の方を向いたとき、ベリレルはうめき声と共に地面に崩れ去っていた。
リーフィは声こそ出さなかったが、慌ててこちらに走ってきた。シャーは、刀を鞘に収めると疲れ果てたのか、そこに座り込んだ。肩を大きく上下させてため息をついている。
リーフィはベリレルをシャーを見比べ、そして、そっとこう訊いた。
「殺したの?」
「…峰打ちってしってる?」
シャーは、こちらを見上げる猫のような顔をしていった。
「当てる前に手首をひっくり返してね、峰のほうを当てるわけ。でもね、実際正面から当てたら、オレの刀が折れるわけ。…つまり、気迫が大切なんだよね。一種の賭けだよ。」
シャーは倒れているベリレルをみて、笑いながら立ち上がる。
「つまりはオレの気迫勝ちってえことだね。ま、格の違いだな。格の!」
えへん! となぜか威張るような真似をしてから、シャーはそっとリーフィのほうを伺った。
「ね、こんな奴でも、死んで欲しくなかったんだよね、リーフィちゃん…。だから、オレ…」
シャーは、くしゃくしゃの頭を軽くかきやった。リーフィは答えなかったが、ベリレルを見つめる彼女の瞳が、それを肯定しているような気がした。
「あの、その、ねぇ、リーフィちゃん。オレさぁ、人の恋路に首突っ込んだりするつもりないのよ。ただね、ちょっとだけおせっかいだけど…」
ためらいがちのシャーはやや言いにくそうに、しかし、発音だけははっきりといった。
「オレが口を出す事じゃないけど…、ベリレルみたいな男とつきあっちゃ、リーフィちゃんが辛くなるだけだと思うんだ。別れちゃったほうがいいんじゃない? 絡んでくるようなら、オレが倒しまくるから…ねえ。」
リーフィは、何も応えない。シャーは、少しだけ焦ったようなそぶりになった。
「あ、あの、だからって、オレと付き合えとかいうんじゃないよ。ただ、オレその…」
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