リーフィは足を止める。シャーの言ったことの意味がわかっていたつもりだった。シャーは、建物の一角に視線を集中した。しんと静まり返った日没後の街の一角。そこに影が落ちている。人気はなかったが、シャーはうっすらと微笑むと、刀を上げた。金属がちゃりんと鋭い音を立てた。
「おい…ベリレル…そこにいんだろ?」
 冷たい声で、シャーは街角の闇を切っ先で指し示す。
「…出て来いよ。このまますますわけにはいかねえんだ。」
 空はすでに夕方の明るさを失っていた。リーフィは、黙ってシャーの指す一角を見つめている。彼女の顔に驚きは余りなかった。表情が薄いリーフィだから、ということも考えられたが、おそらくそうではない。リーフィには、そこにいる人物と、その目的がとっくにわかっていたのだろう。
 やがてゆらりと闇がゆれた。そこに背の高い男の影が見えている。リーフィは思わず顔を伏せた。ひょろりとした体格のシャーと、背丈はさほど変わらないのだろうが、やや彼よりもしっかりして頼れそうな感じがした。切れ長の目にやや凶暴な光をともしているのがわかる。シャーは、笑いもせずに呼びかけた。
「あんたとは二度目だね。ベリレルさん。」
「貴様…」
 ベリレルは、油断なくシャーを観察しながら一歩ずつ近づいてきた。
「あんた、知ってたんだな。…このペンダントを持ってれば、リーフィが襲われること…いいや厳密に言うと、リーフィを囮に使ったんだろ。…マントに血がついてるぜ。誰を殺ってきた?」
 シャーは首を振った。
「いいや、聞いても仕方ないわな。どうせ、殺してきたのはジェレッカだろ。…借金で首が回らなくなったとこに、敵方のオヤブンから金で雇ってもいいっていう申し出が来たってとこか? それへの貢物がオヤブンの命だ。ちがうか?」
 ベリレルは答えない。ただ、ぎり、と奥歯をかみ締めたのがわかった。やがて、彼は低い声で言った。
「貴様が殺し屋だとは思わなかったぜ! てめえこそ、どこに雇われた!」
「殺し屋ァ?」
 シャーは突然吹き出した。
「だははは、笑っちゃうね。ホント冗談きついぜ。オレはそういう血なまぐさい稼業は嫌いでね。てめえと一緒にしてもらっちゃ困るね!」
そして、笑いをおさめて、彼はベリレルの方を見た。
「あーのな、別にオレは、こんなやばい事に頭つっこみたいわけじゃないんだよ。できるなら平和〜に暮らしたいし、アンタみたいな力バカとも関わりたくねえわけよ。オレは平和主義なんだから、暴力嫌いなの。おわかり〜?」
 いつもの口調だったが、それにはそこしれない恐ろしさが含まれている。そのままで、シャーは、急に笑みを完全に消した。残した愛想すらも表情から抹消して、彼はぞっとするような冷たい声で言った。
「でもなあ、オレも嫌な性分なんだよ…。カンに障ったら、ほっとけないんだよなあ。特にアンタみたいな色男を見てるとさ…、徹底的にぶっつぶさないと気がすまないって言うか? …やーな性分なんだよ。オレも。」
 すうっと手元に柄をひきつけながら、彼は暗闇に隠れながらそっと微笑んだ。
「それに、リーフィちゃんは、オレには優しくしてくれたもんね。好きになったコを助けるのは、男のツトメってやつだろ?」
 突然、ベリレルが動いたのがわかった。ズザッという砂を噛む音が、耳を弾く。闇にまぎれて見えないが、ベリレルが構えたのは勘でわかる。
「何わけのわからねえことを言ってやがる!」
 ベリレルの声は低く、殺意に充ちていた。あるいは何かが彼の癇癪に触れたのかもしれない。
「そのよく開く口を開かねえようにしてやる。」
「はっ、今更独占欲でも出したのかよ!」
 シャーがはっきりと嘲笑った。普段の物言いとはあまりにもかけ離れたそれは、少し違和感のあるもので、リーフィはそれがシャーの声かどうか判別しかねた。
「全部終わったら、リーフィを殺す気だったのか? …それでよくも言うぜ。くそ野郎が!」
「うるさいっ!」
 ベリレルが突然足を進めて剣を振るってきた。シャーは、二歩ほど飛びのいた後、自然と剣を構える。
「思ったとおりだ。あんた、なかなかの手だれだな。」
 くっと唇をゆがめたシャーは、構えを崩さないようにしながらわずかにベリレルとの距離を詰める。
「さすがのオレも油断したら死ぬかもね。…だから、あんたには手加減はしねえ。」
「安心しろ、そんな暇も与えずにぶっ殺してやる!」
「いい台詞だ。気に入ったぜ!」
 それを言い終わるか言い終わらないかの内に、シャーはとんと軽く地面を蹴った。そして、二歩、三歩、と徐々に力強いステップに変わる。そのまま、シャーは、下げていた刃を上に向けて斜めに切り上げた。
「ちっ!」
 火花がバッと散った。ベリレルがはじき返した衝撃を受け止めて、シャーはそのまま刀を握りなおした。
「行くぜッ!」


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