「冷た……。あのさあ、オレじゃないほうのシャーに会いに行くんだったらやめた方がいいよ」
シャーは足を速めるラティーナに追いつくのに、自分も歩幅を広げた。
「ねえってば……あいつ、嫌な奴なんだよ。女の子一人で行ったら、無事帰れないよ。悪い事いわないから。ねえってば」
「しつこい!」
ずばりと切り捨てられて、シャーは一瞬呆然としたが、また慌てて着いて来る。
「レンクのところになんか行っちゃダメだよ」
ラティーナはぴたりと足を止めた。そして、振り向きざまきつい口調で問いただす。
「なんで、あたしに干渉するの!」
「し、心配だからに決まってるじゃないか」
シャーは、不安そうな顔でいった。
「……あいつは、ホントに恐い奴なんだよ。生きて帰れないよ」
「いいのよ! 別に!」
やけになったようにふいと顔を背けるラティーナを見て、シャーは少し声を低めていった。
「オレじゃダメ?」
「は?」
「雇うのは、オレじゃダメかな? オレだって、ほら、昨日……見たでしょ?」
シャーは、少しだけ得意げな顔になる。
「それに、秘密を聞いちゃってるのはオレだけなのよ? もう、この際、オレを雇った方が早いと思うけどなあ。共犯ってのは、立派な口封じにもなるしさ」
「ダメ!」
ラティーナがやたらはっきりといった。シャーは、慌てる。
「な、何でだよ? オレ、本当は結構強いし、口は堅いし」
「ダメったらダメ! 昨日酒をおごってあげたわよね」
「ああ。あれ、すごいうまかったなあ」
味覚を思い出したらしく、シャーはひどくとろけそうな顔をする。
「だったら、忘れるっていったでしょ?」
「……だけど、だけどね」
ラティーナがそっぽを向いてしまったので、慌ててシャーはそっちに回る。
「……オレにも手伝わせてくれない? ホントに、ホントに、これはマジで言ってるから」
「あんたの軽い口調でいわれても信用できないわよ」
シャーは、少し詰まった後、何かしら考えてからいった。
「ホントに本気だって……オレは……、あんたに協力するよ。……なんでもするからさ、だからレンクのとこだけはいかないでくれよ、なっ!」
ラティーナの前にまわり、シャーはしつこく手を合わせて頼んだ。
「……あんたってホント、しっつこい!」
ラティーナは鬱陶しそうな顔を崩さない。だが、このまま彼をむげに断るのも、もっと鬱陶しくわずらわしかった。
「……でも、まぁいいわ。……その代わり、しばらくあたしのボディーガードするだけよ」
「やったぁ! ありがと、ラティーナちゃん!」
相変わらず、軽い口調で、シャーは言った。何てかげりのない奴だろう。ラティーナは、シャーと付き合うのがばかばかしく思えたが、昨夜の彼の別人のような活躍を思い出すと、少し気がかりなる。アレは本当に、目の前にいる奇妙で弱弱しい男なのだろうか。……夢だったのだろうかとさえ疑うほど、昨夜の凄まじい剣技を見せた男の気配は、目の前の青年には一欠けらも感じられなかった。
仕方なくシャーと街を歩く事になった。というのも、シャーがどこに行っても、ついてくるからという事もあるのだが……。そうして、シャーをつれて街を歩いていると、様々な人に声をかけられる。街の不良っぽい若者から、それこそ日向ぼっこしている老人達にいたるまで。ほとんど老若男女を網羅している。
シャーには人気があるときかされたが、それは本当に嘘ではないらしかった。また、その慕われ方は、どうみても暴力や威圧から生まれるようなものではなく、彼のその、いい加減な人柄にどういうわけか惹きこまれてといった感じだった。
だが、ラティーナは、そうそう感心ばかりもしていられなかった。というのは、シャーは少し油断をしていると、おばさん達に声をかけられた時に、軽く手を上げて目を細めてにっこり微笑み、
「彼女とデートなのよ。あはははは」
と冗談なのか本気なのかわからない嘘をつくからである。その度に、彼の腕をひねり上げるのが、ラティーナにはひどく鬱陶しかった。
「いい加減にしてよ!」
ラティーナが三回目にとうとう、怒鳴った。シャーは、恐る恐るといった風に、右手の指を三本立てる。
「まだ、三回しかいってないじゃないか」
「数の問題じゃないわよ! 大馬鹿!」
「いて!」
腰にけりを入れられて、思わずシャーは前のめりに転ぶ。
「あら、痴話げんか。いいわねえ」
前のおばさんがくすりとほほえましげな目で彼らの様子を見る。ラティーナはさっと顔を赤らめた。
「ち、違います! こんなのと関係ありません!」
「こ、こんなの? ひ、ひどすぎる〜」
シャーが、悲鳴のような声を上げた。
「あらあら、シャーちゃんも、もっとかっこよくならないと、彼女逃げられるわよ」
「違うって言ってるじゃないですか!」
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