「はーい、がんばります〜」
ラティーナが必死に否定している間に、シャーが下からのんきな声を上げた。
「あんたも返事してるんじゃないわよ!」
ラティーナは、それに腹を立てて一発、彼の頭をはたいて、さっさと歩き出した。シャーは慌てて、起き上がるとそれを追いかけたが、ラティーナはお冠である。何かしゃべりかけてみたが、口を利いてくれない。シャーは寂しそうな顔をして後からテクテクついていった。背後では、おばちゃんたちが、くすくすと笑っていた。それに、情けない顔で手を振っている間に彼女がどこかにいってしまいそうになり、シャーは必死で後を追いかける。
「ごめんだってば〜。……ほら、つい、サービスに応えなきゃっておもって」
「なんのサービスよ!」
「フ、ファンサービス……、あ、怒らないで! ほら、オレってあんまりもてないからさ! もてないからさ! 近所のおばちゃんたちが同情してくれるからさ! 時には心配ないってことを見せてあげようと思って!」
手を振り上げたラティーナにシャーは本気で怯えながら、後退した。
「……もう、いい加減にして! そんなんなら、助けなんて要らないわ!」
「……ご、ごめん」
シャーは、申し訳なさそうな顔をしてうつむいたが、その反省はすぐに笑顔に変わった。
「でもさぁ、オレもラティーナちゃんと噂になるんならいいなあって思ったりして」
「あんたはよくても、あたしはよくない」
きっぱり言われて、シャーは再び落ち込む。
「……そ、そう。これから気をつけるよ」
そうは言ったが、明らかにシャーはしょげていた。淡い期待ぐらい持たせて欲しいという顔をしていた。関わるのが面倒なので、ラティーナは彼のほうに顔を向けなかった。
「ね、ねえ!」
シャーが再び、空元気を取り戻して声をかけてきた。
「報酬ってもらえるのかい?」
今度は金のことである。ラティーナは、いい加減、あんたなんかクビよ! と叫んでやろうかと思ったが、なるべく冷静に彼のほうを振り向いた。
「……働き次第によってはね」
「……そ、そ、そんなに睨むことないじゃない」
シャーは、彼女の冷徹な視線に怯える。
「お金はね、無事に任務が達成できたらでいいんだ。単にいっただけだから。誤解しないでくれよ。オレは、金とかそういう目的のために、ラティーナちゃんを助けようとしているわけじゃないんだよ」
訂正するように彼は言った。
「オレは、ラティーナちゃんを守りたいだけなんだよ。なんだか、危なっかしいし」
どうだか、と、言いたげな顔でラティーナはふいと顔を背けた。シャーは、苦笑して頭をかいた。青い破れたマントをひらひら翻して、彼は彼女のあとを追う。ほとんど遊び人の歩き方だ。
「何処に行くの?」
シャーが、再三、声をかけた。怒られるかと思ったのか、その声は驚くほど弱弱しい。
「何度も怒らないわよ」
ラティーナは、少し不機嫌だった。シャーが何度も質問してくるのにいらだったのと、彼が怯えている事にもいらだったのである。
「レンクのところ」
ラティーナが簡潔に応えると、シャーは驚いたような顔をした。
「いかないっていったじゃないか!」
慌ててシャーはラティーナの前にかけて道をふさいだ。
「……アイツのところは絶対にダメだ」
珍しくシャーの口調は強かった。
「ラティーナちゃん言っただろ? 行かないって!」
「でも!」
あんたが頼りにならないからでしょ!とラティーナは、暗に言っている。シャーは、その表情を見て、少しだけ寂しそうな顔をした。
「うん、そりゃ、オレはそんなに力にはなれないかもしれないけど」
「じゃ、どいて」
だが、シャーはどかない。
「でもね、ラティーナちゃん。本当に、レンクには関わらない方がいい」
シャーは、しつこく言った。
「あいつは、……かなり城内の陰謀に噛んでたっていう噂があるんだ」
「知ってるわ」
ラティーナは冷たく言った。
「だからこそ、手伝って欲しいんじゃない」
「……そ、そうだね、だけど……」
シャーは困った顔になった。それから、少し首をかしげて頭をかいた。あきらめたのか、彼はややげっそりとした顔になった。
「……わかったよ。わかったけど、一つだけ」
「何?」
シャーはゆっくりといった。
「……あいつら、今、確か隣町のやばい人たちの集会に行ってるから、あさっての夜じゃないと出没しないよ」
思わずラティーナは口をあけて、立ち止まった。それは、全く彼女の想定外だった。
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