ラゲイラは、部屋の中にハダートを通した。ひょろりと高い長身のハダートは、少し身をかがめて中に入った。
恐らく客間として使われているだろう部屋は、やたらと豪華な調度品が並んでいた。
そこに用意されていた椅子に座るようにいわれて指示に従うと、ハダートの前に、料理や酒がいくつか振舞われた。
「いえ、もう、お気遣いなく。今日は忍びの身ですから」
七部将の一人である、ハダート=サダーシュは上品に微笑みながら言った。ハダートは、三十台後半だが十分に二枚目でなかなかいい男だった。貴族の子弟を思わす容貌だが、彼の出自はよくわかっていない。
ただ、この知略で知られる将軍は、セジェシスの元からの部下ではない。ある国を攻めたとき、投降してきた者だった。二回ほど主がえをしているだけに、節操がないということでは有名な男だった。その彼に更に叛心が沸き起こっている事を気づいたのが、ラゲイラだった。ハダートは、ラゲイラの呼びかけに答え、時々こうしていつクーデーターを起こすか、その相談を交わす仲になっているのである。
「今日は何用でございましょうか? ラゲイラ殿」
ハダートは、彼にそう尋ねた。
「私をお呼びになったのには、何か理由があるはずですね? あの話にご進展がおありに?」
ラゲイラは、うっすらと笑った。だが、目は笑っていない。
「あるにはありましたが、好ましいことではございません」
「ほう。ラゲイラ殿が好ましからぬというからには、何か大事が起こったようですな。さては、陛下の密偵でも……」
ハダートは声を低める。
「かも、しれませぬ。ですが、まだ断定は…………」
「もしや、陛下の傍にいた、あの男が都に戻ってきたというのですか?」
ハダートの目に、少しの戸惑いがあった。
「ならば、大変なことです。……あの男は、シャルルの為に働いていた精鋭中の精鋭ですからな。……いざ、暗殺の段になって、おそらく面倒なことになるかと」
「まず、では……それを消すのが先決かと」
ハダートはうっすらと微笑んだ。
「それは謀にかけて陥れるのが上策ですな」
ラゲイラは指を組みなおす。この男が指を組みなおすのは、何か考えているときの癖だろう。
「ではそうしましょう。……何かの時は頼りにしていますぞ」
「ええ。お任せを。私も、あのうっとうしい陛下の顔をひと時でも早くみたくありませぬのでな」
と、乱暴なことを言う。それをごまかすためか、ハダートは「ああ」といった。
「実はですな、私も、彼の王の煮え切らなさには、辟易しておるのです。……ラハッド王子が王位につけばよかったのですが、ままにならぬものですな」
ハダートはそう答え、ふっと笑った。何を考えているのかわからないが、ハダートは、他の六人の将軍とあまり仲が良くない。自分がこれ以上の地位をつかむためにも、ラゲイラの計画にのるのは、絶対条件だった。だから、ハダートは疑っていない。それでも、後ろ盾の王族や貴族の名前だけはハダートにも明かしていない。そのあたりが、彼の用心深さかもしれない。
「ラハッド王子には、お気の毒なことをしました。シャルルと宰相のハビアス殿が謀ったのではないかというもっぱらの噂でございますが……」
ラゲイラは気の毒そうにいいながらも、断定を避けた。ハダートはもはや何も応えず、ゆったりと上品に微笑んだ。
「いただきます」
出された酒の杯をそっともちあげて、一口飲んだ。一瞬だけ、ハダートがはっきりと薄ら笑いを浮かべたのをラゲイラは見逃していた。
3.ザミル王子
宿をでて、歩いていくうちに、後ろにちょろちょろする謎の人影がいるのに、ラティーナは気づいていた。昨夜は、シャーが宿の方まで着いてきてくれて、それから宿のところで彼が「飲みなおしてくる」といって酒場の方に向かったのを覚えていたが……。
実はラティーナは知っていた。シャーは酒場になど行かなかったのだ。ずっと、宿の周り、寒い夜に野宿をしながら、そこにいた。窓から、彼が毛布を一枚かぶって寒い中でそれでも、満足げに寝ているのを彼女は見ていた。
「ちょっと、シャー! 朝っぱらからなに人を尾行してんの!」
後ろの影にいうと、影はびくりとしてそれからゆっくりと近寄ってきた。
「え、あ、ああ、ばれてたの〜? オレさ、昨日お金ないから宿に泊まれなくって」
かぶっていた毛布をくるくる巻きながらシャーは後をついて来る。昨日はそれ一枚で過ごしたらしい。
「ばっかじゃない?」
ひどいなあと表情で語り、シャーは毛布を巻き終えると背中に背負った。
「ねぇ、ラティーナちゃん」
ててててて、とシャーは小走りにラティーナに追いついた。ラティーナは更に早足になる。
「ねぇ、何処に行くんだよ?」
「あんたに応える義理はありません」
前 * 目次 * 次