シャーは、ふっとふらつくような足取りで左足を後ろに回した。男の繰り出した突きは、それであっさりと流された。シャーは、そのまま、刀を払った。軽くうめきを上げ、黒装束が倒れる。何かの飛沫が飛んだように見えたのは、おそらく血だろう。シャーは返り血を浴びるのを嫌って、反射的に身を翻す。そのまま、次に切りかかってきたもののわき腹を真横に薙いだ。同時に体を沈め、後ろから斜めに振り回された剣をかわす。そのあと、そのまま上に刀の柄で後ろの男のあごに強烈な当てをくれてやった。男たちが倒れるが、シャーは予めわかっていた事とばかりに視線を向けず、残りの動向を目の端で追う。
一瞬、残ったもうひとりがラティーナを人質に取ろうと彼女の方に回り込もうとしているのがわかった。シャーは、マントにすばやく右手を突っ込み、何か先のとがった細いものを取り出して男に向かって投げつける。
「うわっ!」
右腕に短剣が刺さり、男は思わずひるんだ。気がつけば、シャーはもうすでにそこに走りこんできていた。そのまま勢いに任せて、男を蹴倒してシャーはそのまま、サンダルを履いた足で男を踏みつける。すっと切っ先を男の首に突きつけた。
「ちょいときくけど、おたく、どこから来たの? どこの飼い犬さん?」
口調がふざけているだけに余計に侮辱だった。男が歯噛みした気配がする。
「ま、いわないだろうな。でも、それでもまあいいだろ? オレは大方わかってるんだけどね」
「何だと?」
にやりとして、シャーが男に何かささやくと男はぎくりとばかりに身震いした。
「おや、びっくりしたみたいだな?うん、オレの勘も捨てたもんじゃないね」
シャーはいい、ふっと悪魔のように微笑んだ。そして、ぞくりとするほど低い声で言った。
「伝えておけ。あんまり調子にのると、その内天罰が下るぜ」
そういうと、シャーはサンダル履きの足を離して、刀を振るった。それから、布で綺麗に拭くと、ぽいと男の前に捨てる。刀を腰間に収めてから、シャーは振り返りラティーナのほうに向かった。
「今回は手加減してやったんだ。連中は気絶してるみたいだけど、手当てすれば助かるぜ。とっとと仲間連れて失せな」
そういって、シャーは急に、気の抜けた笑いに戻った。
「さぁ、帰ろうか。ラティーナちゃん」
ラティーナは、彼の変貌ぶりに呆然として、先をいくシャーの後を後ろを気にしながらついていく。追って来る気配はなかった。安全な場所まで行ってから、ラティーナはようやく口を開く。
「シャー……あんた……。さっきの、すごかったわよ」
シャーは、あははと軽く笑った。
「まぐれ、まぐれ。時々さ、ああいうまぐれな事が起こるんだよな」
「まぐれって……」
軽く応えるシャーに、ラティーナは言いかえす。まぐれであんな風に剣が振るえるわけがない。
「オレねえ、時々酒の力を借りたりして、急に強くなれる人種なんだよね」
「何馬鹿なこと言ってるの」
何度見てもいい加減な顔をしているとラティーナは思った。しかし、シャーの顔からはすっかり酒の気が抜けている。それには、彼女も気づかなかった。
シャルルを推した七人の将軍のうち、最も軍事力を持つのはジートリュー将軍だといわれている。だが、軍事力だけが戦の全てではない。知能をもって戦に望む事が得意なものもいれば、人柄によって部下の士気と忠誠を得るものもいるし、また、圧倒的なリーダーシップを発揮して、部下の統率をはかるものもいるのである。
七部将といわれる彼らの中で、ジートリューの次に敵に回すと恐ろしいといわれているのは、そうした軍事力以外の力を持つ将軍だった。
夜、ジェイブ=ラゲイラという貴族の下に、一人の男がひっそりと訪れていた。馬でやってきた武人らしい男は、やや早足で屋敷の門をくぐる。頭からマントを被っているのを見ても、忍びであることは間違いなさそうだった。
案内のものに先導されて、男は屋敷の中に通された。豪奢な絨毯のひかれた廊下をゆっくりと歩いていくと、太った立派な服に身を包んだ男が現れた。細い、計算高そうな目をしたなかなか貫禄のありそうな中年である。彼がここの主人らしい。ということは、この男が、ラゲイラに違いなかった。
「よくぞいらっしゃいました。サダーシュ将軍」
「ラゲイラ卿のお招きとあらば参上しないわけには行きませんからな」
男はそういうと、マントを丁寧にとった。武官の割には、なかなか洗練された感じの身のこなしである。ほんの少しうっすらと笑っているのが、少しだけ不気味でもあった。何を考えているのやら、人に見せないタイプの男である。
ハダート=サダーシュ。それが彼の名前だった。七部将の一人であり、力のジートリュー、知略のハダートと並び称される男である。
「まぁ、中にお入りください」
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