「だって、オレには敵うわけないだろ〜。あっちのマスクとオレのマスク見比べてみてよ」
言いながら、自分でもため息をつく。
「どう考えても、兄上の方が美形だし、優しいし、なんか見た目も王様っぽいし、オレより理知的だし…………ああ、オレって負けてばっかり」
「い、いや、あなたにはあなたのすばらしさが! 大体ですぞ、あなたにそっくりだった母上様はとても美しい方でした! 三白眼でしたが!」
「……ほ、ホント……?」
母の顔を見たことがないシャーには分からないが、何よりも自分に生き写しだというのがどうも不審だと思う。ただ、誰に聞いても美女だったというので、美人には違いないなと思うのだが、シャーも少し複雑な心境だった。
「それじゃ、オレって美形? もしや女顔?」
「うっ、そ、それは――」
カッファがつまるのをみて、シャーはため息をついた。
「カッファって正直だもん。そうだよねえ……。オレ、世を儚んじゃいそう」
「殿下! そのようなことを……」
「絶対やんないって。ジョークだって。もう、ホント堅苦しいんだから」
はあ〜とため息をつく青年は、青い服の袖で口を押えた。こののんびりした挙動に巧妙に隠されている、シャー自身のなんともいえない哀しみのようなものが、カッファにはなんとなく見えるような気がした。
シャーは、母親の顔も知らず、七歳までどこかの下町で暮らしていたらしい。それが、たまたま持っていた母親の形見で、セジェシスの息子と知れて、城にあがった。セジェシスは、彼なりに彼をかわいがっていたのだろうとカッファは思うが、忙しい彼はシャーとあまり会うことはなかった。
彼は普段から「シャルル」と呼ばれるのを嫌っていた。常々自分のことは「シャー」と呼ぶように言っていた。どうやら、子供頃呼ばれていた名前が「シャー」だったかららしい。その名を聞き、そしてその時訪問していた外国の使節の名を、セジェシスは彼の正式の名としてつけた。
あの戦いの後、シャーが失踪した理由を、カッファは彼なりには理解していた。シャーは、自分が将軍や兵士にどれほど慕われているかを知ってしまったのである。だから、後継者争いで弟と争うことにならないように、と自分から身をひいて姿を消したのだ。それがこんな事になり、彼は就きたくもなかった玉座に座るはめになった。
(王位になどつかなければ……)
と、カッファは思った。あるいはあの娘とももしかしたら恋仲になれたかもしれない。国王であることは、彼にとってはずいぶんな重荷であり、そして、無責任に行動しているように見えて、シャーはカッファや将軍達に気を遣ってはいる。それがカッファにはシャーを不憫に思わせる。
「……殿下……」
カッファは、つい、慣れ親しんだ呼び方でシャーを呼んだ。
「いつか、私が殿下にぴったりの嫁をつれてきてあげます! それまで、ご辛抱なさいませ!」
シャーがあからさまにあせった顔をした。
「カ、カッファが見立てるの?」
「当たり前ですとも! 様々な有名人の仲人をつとめた私です! 強くて頼もしい嫁を選んでやります! ご安心あれ!」
カッファのいう「いい嫁」というのは、強くてがっしりした女戦士タイプの女性だ。シャーは、もうちょっと大人しい女性のほうがいいので、首を振りながら愛想笑いを浮かべた。
「い、いや、それはちょっとカッファの見立てはさ……。オレの好みとはちょーっと違わない?」
「何ですと! どこが気に入らんというのですか!」
カッファはシャーをつかみにかかった。
「大体、殿下は痩せすぎなのです! だから、嫁ぐらい立派な嫁を!」
「それが嫌なんだってば! オレより強い嫁なんてやだ! オレはもっと優しくて、まもってあげたくなるよーな美人の嫁さんがいいよ〜!」
シャーが言うと、カッファはさっと顔色を変えた。小さい頃から、怒るとたとえシャーであろうが、王族扱いしなかったカッファである。シャーは、身を引いてバルコニーの手すりに身を一杯に寄せた。
「何を贅沢を! 殿下! 今日という今日こそは、殿下に世の厳しさというものを、徹底的に教えてやりますからな!」
「じょ、冗談でしょ。ちょ、カッファ、オレ王様よ?」
「だから、世の厳しさを教えてやろうというのです! そのためには一時の不敬もやむおえないこと! ごめん!」
カッファはいつの間にやら腰の剣に手をかけている。シャーは思わずバルコニーの上に足をかけた。
「ちょ、ちょっと、落ちついてってば。ぼ、暴力はんたーい。ね、人間話し合いでわかるって、はーなーしーあーいー……」
「ええい黙れ腐れ三白眼がッ!」
シャーの口調が悪かったのか、とうとう堪忍袋が切れたらしいカッファが剣を鞘ごとぬいて振り回す。ぬわっという変な悲鳴をあげて、シャーはそれをどうにかかわす。
「こ、殺す気か!」
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