「この国の法律では、人を殺した者は重罪である。特に、臣下が国王を暗殺しようとするなどと、これ以上ない謀反であり、大罪だ。いかな事情があったといっても、死罪は免れ得ない」
シャーは型どおりの文句を告げながら、足下に跪くラティーナを見つめていた。その目がひどく辛そうなのを見て、カッファは少しだけ目をそらす。
「……だから、私はお前に…………」
そこまで、シャーは言いかけて、ふと顔をしかめた。そして、そっと自分もしゃがみこみ、小声でそっとラティーナにささやいた。
「ねえ、……一度だけシャーとして言わせてよ」
ラティーナが顔をあげると、彼の目が寂しそうに彼女見ていた。
「お願いだから、ラハッドの後追うとか、この事件の責任をとるとか、それで死ぬとかそういうことはやめてよね。あんた美人だもん。……きっと、その内、またいい人が現れるかもしれないしさ。第一、そんな事したら、オレの方がラティーナちゃんの後追って、このオレの周りの馬鹿な奴らに迷惑かけまくってやるんだから」
「シャー、何を…………」
ラティーナは、少し驚いたようにシャーの少しだけ青い目をみていた。
「ねえ、わかるだろ。あんたを殺す命令をするくらいなら、オレはここで自殺しちゃうからってこと。……ね、オレのためを思って、オレがこれから何言っても、ありがとうといってよ。……何も反論をしないで。オレが何とかするからさ」
ラティーナは、少しだけ目を潤ませた。だが、それでも必死でこの気の強い貴族の娘は平静を装おうとしている。シャーにはそれが一番辛かった。
「……わかったら、オレの台詞の後に、返事をして…………」
周りにわからないように、そうっと笑い、シャーは立ち上がると口調を変えて周りのものに聞こえるように言った。
「この姫君は、……私の弟のラハッドの婚約者だった人だ。ラハッドの死には兄たる私にも責任の一端がある。この姫がザミルとラゲイラに騙され、私の命を狙ったのであるなら、それは仕方のないこと。それにこれ以上、血を流すのはラハッドの望みではない。だから、この姫の罪は問わぬ。もし、異論があるのなら、前に出ろ」
部屋は静かだった。シャーは深くため息をつき、寂しげな目でラティーナの方を見た。
「ということだ。そなたの罪は問わぬ。さがってよい」
ラティーナは、うつむいた。というのも、シャーに半泣きの顔を見せたくなかったからだろう。
「寛大なご配慮ありがとうございます、陛下」
そういって、ラティーナはシャーのそばに近づき、そして彼の手を取った。シャーはびくりとしたが、ラティーナは構わなかった。
「ありがとうございます。陛下。これからはあなた様に永遠の忠誠を――」
シャーの手に軽く口付け、ラティーナは引き下がる。それはこの国の貴族の定型の挨拶でしかない。もう、シャーとラティーナとしての会話はではない。
(ああ……)
シャーは心の中で嘆息をつき、天井に描かれた煌びやかな絵画を見た。
ラティーナは「陛下」といった。それは、別れの言葉でもあるのだ。ラティーナは、もう彼をただのシャーとは見ない。彼とラティーナの関係は、彼女が口にしたとおり王と臣下なのだ。
(オレの恋、これでまた儚く散ったんだなあ。)
いつものように好きだよ、と口にできていればまだいい。だが、今回は口にすることさえできなかった。いや、最初から好きになどなってはいけなかった。ラティーナはラハッドの恋人だから――
「……どうか、これからは幸せな半生を――」
シャーはそう応えて、下がっていくラティーナを見なかった。さようなら、と心の中で呟きながら、シャーは溢れる涙を隠した。
その彼の気持ちに気づいていたのは、勘のいいハダートと、カッファだけだった。
エピローグ
珍しく上等な服を着て正装したシャーは、中庭を見下ろすバルコニーでため息をついていた。頭には布を巻き、宝石で飾った飾りをつけている。相変わらず青が基調なのをみると、普段から青い色が好きなのかもしれない。
「陛下。あの通路ですが、あれは危険ですし、閉鎖することにしました。別の道とつなげます」
カッファの報告を聞きながら、シャーはぼんやりと答えた。
「了解。でも、オレ、勝手に作るかも」
「作られると困ります。それからラゲイラ卿ですが、その所在自体がつかめませぬ」
「そうだろうな〜。逃げるのむちゃくちゃ早かったもん」
「陛下! まじめに聞いているのですか!」
カッファの怒鳴り声が、耳にきんきんと響いた。
「いたた、ちょっとカッファ、怒鳴りすぎだよ」
「あなたがまじめでないから怒鳴るのです! 大体、普段からあなたは私の話など聞いていないでしょうが!」
「そんな剣幕でいわなくたって」
シャーは、カッファの方を恨めしげに見ながら、ふうとため息をついた。
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