ジートリューが笑いながらそういった。
「もー、ジート将軍、それは忘れちゃってよ〜!」
 シャーは言いながら、ジートリューの肩を楽しげに叩く。
「シャルル。大丈夫だったかい」
 レビの声が聞こえた。シャーは笑いながら、彼のほうを向く。
「いや、オレの方は元から丈夫ですからね。……それよりも、大丈夫ですか? 身体の方は…………」
 そこまで言いかけ、シャーはふと笑いを止め、口を止めた。彼の横にいるラティーナがふらりと一歩足を踏み出したからだ。その手に短剣がまだ握られているのを見て、シャーは不穏なものを感じた。
「ラティーナちゃん」
 呼びかけられ、呆然としていたラティーナは、はっと彼のほうに目を向けた。何を言い出すのかと、この場にいたものが緊張したとき、シャーは静かに言った。
「ラハッドが死んだのは、確かにオレのせいだよ」
 シャー、シャルル=ダ・フールは、ラティーナにゆっくりと近寄った。彼女も別に逃げない。その場にたたずんで、彼のほうを大きな目で見ていた。
「オレが、良かれと思ってした事が裏目に出たんだ。オレさえ、国にいればこんなことはさせなかったんだ」
 ラティーナの右手をつかむ。さすがにびくりとしたラティーナだったが、シャーはその右手に握られている短剣をしっかり彼女に握らせるようにした。そのまま、寂しげな顔でラティーナの顔を見て、彼はいった。
「……あんたの気の済むようにしていいよ」
「いけませんぞ殿下! そんな…………」
 カッファの声が飛んだ。シャーは、毅然とした声で後ろに叫ぶ。
「オレの好きにやらせてくれ!」
 それからシャーは、ラティーナに向き直った。
「……判断はあんたに任せるよ……」
 そして、シャーは、いつもの顔に戻ると、少し情けないような笑みを浮かべた。
「ごめんよ、ラティーナちゃん……。オレはやっぱりあんたを騙したんだよ。でも、一つだけ信じて。……オレは、ただ、あんたの力になりたかった。だから、オレはあんたに手を貸したんだ。それだけは嘘じゃないよ」
 ラティーナの表情はほとんど無表情に近く、その考えを読むことはできない。シャーは、部屋の炎の揺らぎを受けて時々赤くちらちらと瞬く目をしていった。猫の目のような、独特の透明感がある大きな目に、少しだけ哀しみのようなものがかいま見えた。
 沈黙が流れ、カッファを初め、周りはこの緊迫した空気に息を呑む。本来ならば、そのような危険なことを止めなければならなかったのだが、シャーの迫力に押されて、彼らは口を出すこともできなかった。
 しばらくしてから、ようやくラティーナは顔を上げた。
「もういいわ」
 そういって、ラティーナはふっと微笑んだ。
「あんたをどうこうしたって、あの人、帰ってこないじゃない。それに、あなたのせいじゃないわ」
 シャーは、無表情にそれをきいていた。
「……いいのよ、シャー。あんたのせいじゃないんだもの」
「……いいの?」
 シャーは、それだけを答えて、ラティーナの哀しげで綺麗な顔を見つめていた。その口が、更に続きをつむぐ。
「一つだけ、お願いがあるの」
 ラティーナは、そっとシャーにささやいた。小声で彼も返す。
「なに?」
「自分をそう責めないで。あなたは、そんな自分勝手な人じゃないわ」
「で、でも、オレ……」
「あなたのせいじゃないわ。……あなたはできる限りやったんだもの。……悪いのは、あなたの事も知らずに、あなたを疑ったあたしよ……。それに、貴方は嘘をつかなかったわ。確かにあなたは、シャルルの密偵でも、影武者でもなかった。あなたが、シャルルだったんだものね」
 ラティーナはふわりと微笑んだ。
「……あたしにあなたを裁く権利は無いわ。……でも、あなたはあたしを裁かなきゃ……。そうでしょ、そうじゃないと、部下に示しがつかないわ。あたしは、国王であるあなたをそそのかされたとはいえ、疑って殺そうとしたの。……だから、許されるべきではないのよ」
「えっ……それは……」
 意外な言葉に、シャーは目を丸くした。
「さあ、……あたしの罪を断じて……。あなたの自由に……覚悟はできてるわ」
 そういって笑うラティーナの顔は、ひどくはかなげで、シャーは彼女がどこかに消えてしまうのではないかと思った。
「…………ラティーナちゃ……」
 言いかけて、彼は止める。ラティーナの目が、違うといっていた。シャーは目を閉じ、それから意を決して顔をあげ、ラティーナの手から短剣を取り上げた。軽く唇を噛み、シャーははっきりと言った。ただ、その声はいつもの声とはまるで違い、無感情な機械のようだった。
「……サーヴァンの姫君…………私は汝の罪を裁く」
「はい」
 ラティーナは、返事をして、その場にひざまずいた。シャーの顔が、わずかに歪んだが、ラティーナはそれに気づいていないようだった。


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