ジャッキールはすばやく反応した。そして、振り返ってそのまま剣を横になごうとした。
「……!」
だが、ジャッキールの手は一瞬、ひくりと止まったのだった。その分動きが遅れたのが、自分でもわかったのだろう。
「チッ!」
そのまま、ジャッキールは、体ごと振り返るようにしてベガードに向かった。
だが、この距離はまずい。間違いなく、ベガードの刃先のほうが降りかかってくるはずだ。 だが、それは構わなかった。ジャッキールは振り返りざま、思いっきりベガード目掛けて突き上げた。ベガードの口許が勝利の笑みに大きく歪んだままだ。
と、一筋、青い閃光が目の前に飛び込んできた。ベガードの動きが遅れる。
先ほどの光は青いものがベガードの脇をないだ光だったのだ。ベガードの剣は、ジャッキールには届かず、そのままジャッキールは、ベガードを突き上げ、抜いた剣で彼を切り下げた。声を発する間も与えられず、そのまま彼は後ろに倒れ、勝利の笑みを顔に刻んだまま一個の肉塊に変わった。
青い閃光の正体は、闇の中に潜んでいた。わずかな光のせいか、目が青く光っているように見える。なぜかジャッキールの部下の兜を目深にかぶっている彼は、それを脱ぎすてた。
そのころには、すでに回りの兵士で生きているものはいなかった。残りは、ベガードが切られた時点で逃げたらしい。
「ホトケさんだって三度までなのよ、オレは二度も助けてやったのに」
シャーは、そういって肩をすくめた。そして、ジャッキールのほうをみやって、きょとんとする。
「なんだい。助けてやったのに、不満そうだね、アンタ」
「別に貴様に助けてもらう必要などなかったのだ。余計なことを……」
ジャッキールは、まだ剣をもったまま、腕を組むようにしながら憮然とした。シャーは、思わずにんまりと笑む。
「そんなこといっちゃって。さっきの、ホントは、結構後にひいてたでしょ。一瞬、動き止まっちゃったの見たぜ」
ジャッキールは、剣を払って血糊を丁寧にぬぐってから、鞘に直す。だが、その挙動が、何となくかくかくしているのは、動揺している証拠だ。
「ほらね。オレは、あの時、思い切りやったぜ。そりゃもうアンタを地獄に突き落とす勢いでな。そう簡単に立ち直られちゃオレのプライドも傷ついちゃうってもんだよ。ま、立ち上がられた時点で、ちょっとアレだったわけだけども」
シャーは、腰に手を当ててジャッキールのほうを見た。
「確かに、あのままいっててもアンタの勝ちだったとは思うけども、無傷とはいかなかったぜ。いいや、アンタの動きだとそれを承知で突っ込んだみたいだけども」
シャーはにやりとした。ジャッキールが少し神経質そうに眉をゆがめるのが面白かったのである。
「単に借りを作っちゃったのが嫌なわけだ。でも、オレには都合がいいね。借りがある限り、当分、アンタ、オレを殺しそうにないもんね」
「そ、それは……。いや、そんなことは……」
ジャッキールは、途端眉根を寄せながら、小さい声で言った。
「にゃはははは。オレも命を狙われやすいたちだから、保険かけとかないとね。それに、オレにやられたのが元で、アンタに死なれちゃ、こちとら後味が悪いからな」
シャーは、ようやく刀を払って、鞘に入れながら、何となく気まずそうなジャッキールの肩をたたいた。
「ということで、今のは一つ借しにしておくよ、ジャッキールちゃん」
「なぜここにいる? 思ったより遅かったな」
ジャッキールは、腹立ち紛れに皮肉ぽい口調でそういった。
「出口はひとつッきりじゃねえのさ。遠回りしてたら遅くなってな。最初は上に上がれなかったんでいらついてたけど、でもいいよ、城の中の状況が大体わかったからね」
シャーはそういい、にやりとした。
「さて、アンタのほうだけど、どうするつもり? 裏切り者認定されちゃったら、ここで生きられないよ」
ジャッキールは無言だ。シャーはにやりとした。
「さすがのアンタでも、殺されるのがわかってるのに律儀に待ってるってのはないよねえ。さすがにアンタの性格じゃ、あの王子様にはつかえらんないでしょ」
シャーは、小声でこそっとささやいた。
「この庭にある、大きな木の後ろの城壁にねえ、色の変わった壁があるのさ。そこの裏を丹念に調べてみなよ。……多分、出られると思うよ」
「き、貴様……」
くっとジャッキールは、歯がみした。また恩を押し売られたのがわかったからだ。シャーは、見かけに寄らず律儀なジャッキールに、曰くありげな視線を送りながらいった。
「今度利子つけて返してね」
シャーはそう言うと、再び闇に紛れながらどこかに行ってしまった。
ジャッキールは、少しため息をついた。
「後味が悪いから助けただと?」
ジャッキールは、自嘲気味に笑った。
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