ちょうど、カッファと刺客達が戦っている最中、隣室では、レビ=ダミアスとザミルの勝負が続いていた。
 甲高い金属の当たる音が響き渡っている。銀色の流れを受けては返し、そして、忍び込むようにして切る。だが、相手もさるものだ、なかなか決めさせてくれるものではない。 レビ=ダミアスは、肩で息をしていたが、それはザミルも同じ事であった。思ったよりも強いレビの攻撃に、ザミルはややとまどいを見せている。病み上がりのレビの顔色は、あまりよくないが、彼は息を切らしながらも、確実に狙いすました場所に切り込んでくる。
(やるな……!)
 ザファルバーンは尚武の国だ。その王子達も、ある程度の武芸の心得を持っている。だが、よく知られていないが、一番恐ろしいのがシャルル=ダ・フールだ。ほとんどの王子が、土地の剣技を習ったのに対し、彼だけは異国の剣術を教え込まれたと聞く。シャルルは公の剣技の練習に出てこなかったから、その腕前のほどはわからない。
『シャルル=ダ・フール=エレ・カーネスでございます。ご機嫌うるわしく、母上様。』
 本当の母のいないシャルルは、妃に対してはすべて母上と呼んでいたし、血のつながらない兄に対しても弟に対しても、表向き兄弟と呼んでいた。彼が何を思い、何を考えていたのかはわからない。ザミルが、シャルルの声で思い出せるのはそれぐらいで、それほど関係は希薄だった。シャルルは王族の中では特異な存在で、その出自のせいもあり、公に出るのを嫌っていたのである。
 数えるほどしかザミルも彼には会っていない。セジェシス在位中の公式行事にシャルルはほとんど姿を現さなかったが、まれに出てくるときは、シャルルは羽根飾りの付いた青い兜を深くかぶり、その影武者とされる人物と同じ姿をして現れた。他の者が豪奢でゆったりとした服装をしている中、王子とは思えぬ武者姿をしていた彼がシャルル=ダ・フールであると知るものは少ない。ザミルもずっと知らなかったほどで、将軍の息子の一人だろうとてっきり思っていたぐらいである。あの兜のせいで、ろくに顔も覚えていない。
 ただ、ザミルが覚えているのは、時々シャルルが見せる荒々しい空気だった。痩せた長身をふらつかせながら歩くシャルル=ダ・フールの、兜の下からのぞく眼差しに、その全身から感じられる殺気のようなものに、彼は戦場の空気を見て取った。あれからすれば、このレビ=ダミアスは、王族らしいといえるかもしれない。父のセジェシスもそうだが、シャルルも、王というよりは戦場の王といったほうがいいような雰囲気がつきまとっている。
 だから不審だと思ったのだ。あの男がよりによって病気などと。身体が弱いなどとどうしてそんな嘘をつくのか謎だった。だが、あまりに彼が片鱗を表さないので、内乱の間に病気にかかったのかもしれないと思いだした。それならばそれで都合がいいとも思っていた。
「ザミル! 行くぞ!」
 レビの声が聞こえ、ザミルは現実に引き戻される。真横に薙ぐ彼の刀が、ぎらりと銀色の光を放つ。鋭い剣だった。おっとりとした彼の性格からは読めないほど、それは激しく鋭い振りである。慌てて対応しようとしたが、受けて流せるようなものではなかった。
 激しく刀身を叩かれて、ザミルは剣を手放してしまった。剣を落とされ、ザミルはさすがに青ざめる。
「覚悟しろ! ザミル!」
 レビはそういって、刀をふりあげたが、途端、彼の動きが止まった。
「うっ……」
 突然がくりと肩を落とし、彼は激しく咳き込み出す。やがて立っていられなくなったのか、剣を床に立てながら、けほけほと咳き、身体を辛そうに曲げている。
 あっけにとられていたザミルはようやく状況をつかむ。そうだ、発作が起きたに違いない。レビは病持ちなのである。
「お、惜しかったな、レビ=ダミアス」
 ザミルはようやく安心して、落とされた剣を拾った。レビは、まだ剣こそ手放していないが、咳が続いてまともに喋ることすらできない。
「……う、ザ、ザミル…………」
 息苦しそうにレビはぜえぜえと、雑音混じりの呼吸音を響かせている。ザミルは安心しながら、剣を構えた。
「なるほど、大口を叩くだけのことはあったな。だが、それもこれまでだ」
 ザミルはふっと笑う。隣の物音が聞こえてきている。すでに自分の味方が中に入ってきているのだ。
「……楽にしてやろう」
「くっ…………!」
 レビは、かすかに歯がみした。呼吸が苦しくなって、立っていられず、座り込んでいる。動かなければならないのに、動くことさえままならない。レビは、胸を押さえながら、ザミルを見上げた。
(ああ、シャルル……)
 彼は血のつながらない弟を思い出しながら、ぽつりとおもった。
(すまない……君の役に立とうと思ったのだが、……私では…………)


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