息を切らして走りながら、シャーはひたすらに出口を目指していた。走り慣れた道でも、今日はなぜかこんなに遠い。途中であった敵を一刀でなぎ払いながら進むたび、彼は焦燥にかられる。
(こんな事なら最初から城にいるべきだったか? でも……オレは…………)
ジャッキールを止めるという目的もあったから、なるべく入り口で敵をくい止めなければならなかったということもある。宮殿に連絡をつけなかったのは、そんな暇がなかったからもある。だが、それだけでは無いことも薄々感づいていた。
本当は、極力彼女に顔を見せたくなかったのだ。城にいる自分などを見せたくはなかった。いつの間にやらラティーナに本気で惚れていた自分は、ラティーナに、真実を告げるのが恐かったし、真実を知られるのも恐かった。
そして、わかっていたからだ。行けばザミルと争うことになる事も――
「ラティーナちゃん……!」
走りながら、シャーは知らずに口走っていた。
「お願いだから、先走りだけはやめてくれ……!」
濡れたサンダルが道に不思議な音を立てる。前から来る敵をかわしながら、シャーは噛みしめるように呟く。
「悪いのは、オレだ! 全部オレなんだよ!」
「わあああああ!」
前の男が奇声をあげながら飛びかかってくる。シャーは、足を止めなかった。そのまま剣を抜いて走り抜ける。
「お前らの相手している暇はねえんだよ!」
危険な行為だとはわかっているが、足を止めるわけには行かない。自分の勘に全てを委ね、シャーは刀を振るった。手応えを確かめる間もなく、相手が倒れたのを見る間もなく、ただ慌てて走り抜ける。
はっ、はっ、と小刻みに呼吸をしながら、彼は暗闇を睨んで走る。
「誰かがあんたに殺されるべきだとしたらオレなんだよ! だから誰も殺さないでくれ!」
全速力で風のように走りながら、まだ出口は見えない。
カンカンと音が響いている。ラティーナは、カッファの背中側に立っていた。暗殺者だということは知っているかも知れないのに、カッファ=アルシールはなぜか自分をかばっている。
味方はカッファと騒ぎを聞きつけてきた近衛兵が一人。多勢に無勢だった。カッファがいくら一人で頑張っても、この数は倒しきれない。
「うおおおお!」
カッファは、剣を一閃して、相手を打ち倒すと、ラティーナを背にかばいながら後退した。
「くそ……近衛兵はどうした!」
「そ、それが……みんな表を警護しているんです! 私だけは中を……! おそらく、まだ気づいていません!」
そして、この近衛兵を外に出してももう無駄だ。敵は、すでに廊下にも出ている。この近衛兵一人走らせたところで、情報が伝わる前に殺されてしまうだろう。扉は厚く、おそらく外にいる連中にこの騒ぎは聞こえない。それに、近衛兵の連中にも、シャルルの部屋には何があっても入るなと普段から厳しく伝えてある。
シャルルがレビ=ダミアスと入れ替わっているという事実を隠すために講じた策が、すべて裏目に出ているのだ。
「失敗だ! まさか内から攻めてくるとは!」
カッファは唇を噛みしめた。そして、ラティーナをちらりとみた。彼女はびくりとしたが、カッファの目に敵意はなかった。
「そうか、言っていたな、あの方が……情報を…………」
カッファは少しだけため息をつく。あの方が道順を言ってしまったならば、仕方がないと思う。あの時、全てを彼に押しつけた報いだ。だが、それでも彼が自分を恨んでそうしたのではないことは知っている。この娘に大方恋をしたのだろう。あの人はそういう人なのだ。
カッファは、そう言うところを含めて、彼のことは好きだった。だから、責める気にはなれない。
侵入者は二十人ほどいる。まだ増えていくようだ。これ以上は、戦っても勝てないかも知れない。
「サーヴァンの姫君、陛下を許していただきたい」
カッファは静かに言った。声をかけられ、ラティーナはカッファの方を見た。とても宰相には思えない男は、武骨ないい方のまま、続けた。
「あの方は、常にラハッド様のことを気にかけていらっしゃった。急にはしんじられんかもしれぬが、陛下はラハッド様の件に関しては関係はない。……ただ、あの方は、止められなかった事に責任を感じ、哀しみに沈んでいらっしゃった」
「ど、どういう意味!」
ラティーナは、ラハッドのことを持ち出され、やや感情的になった。カッファは静かにいった。
「陛下は、あなたの想像以上に心を痛めておられる。責任をとれとおっしゃるのなら、私が全てかぶる。だから、陛下を許してやってはくれまいか」
カッファがそういった直後、わっと刺客達が襲ってくる。カッファは長い刀を構え直すと、雄叫びをあげながら彼らに立ち向かった。
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