シャルルは観念したようにいって、不安そうなカッファに手を振った。心配しないでいいから、黙っててくれということらしい。まだ若いシャルル=ダ・フールは、以前戦場にいたときのようには深い兜をかぶってはおらず、はっきりと顔立ちが確認できた。あの深い兜のせいで、シャルルの顔をはっきりと覚えている人間は少ない。青く塗られた兜の下で輝いていた目は、今は静かにハビアスを見ていた。
「ただし、条件は三つある」
シャルルはそう言って、ハビアスの目を見て、指を立てた。
「一つ、オレは政治には関わらない。オレは馬鹿だからさ、オレが政治なんかに手を加えるととんでもないことになるだろ。だから、あんた達でテキトーにやっちゃってくれよ。ただ、あまりにもひどいときは口出しぐらいはするかもしれないけど」
「あなたはご自分でおっしゃるよりは聡明なお方だ。いいえ、ご兄弟の中でも、あなたほど頭の切れるお方は珍しい。……しかし、あなたが望まぬというなればそれでもいいでしょう。そもそも、我々は国王たるあなたに政治的手腕を求めるわけではありません」
カッファはむっとしたが、シャルルはにこっと笑った。
「それじゃあ、一つ目は契約成立だな」
今度は指を二本立てて彼はいった。
「二つ、オレは政略結婚もしなければ、後宮も作らない。王国の為の結婚なんてしないということだ」
「いいでしょう。あなた以外にもセジェシス様のお子さまはいらっしゃる。あなたが世襲を望まないというのであれば、その方の子孫で王位継承は事足ります。外戚のいないあなたなら、カッファさえよければ問題も起こりますまい」
「それじゃあそれも成立だな。カッファ、いいんだろ、別に」
いきなり名指しされて、カッファはあわててうなずいた。シャルルは、にやっと笑った。そして、その目が一瞬剣呑な光をたたえた。わずかに青みがかったその目は、ハビアスはあまり好きではない。この王子のその目は、何となく不気味な感じがするからだ。伝承で伝えられる邪眼のように、何か不吉なものを寄せ付けるかのような目である。
ふとハビアスは身構える。性格がセジェシスとよく似ているにも関わらず、彼よりも考え深いこの青年に、彼ははげしく警戒した。そして、彼は指を三本立てた。
「三つ、オレは何かが起こらない限り、宮殿にはいない。オレの好きなときに好きな場所で、好きな行動を取る。ま、お忍びであちこち回ってるよ、ってことだな。オレが本気で街の中に紛れたら、あんた達でも多分見つけられないだろうぜ。でも、それでいいっていうなら……そんな名前だけの王様でいいなら、オレは王位についてもいい」
「で、殿下……!」
カッファが、呆然と呟いたが、シャルルは表情を変えなかった。ハビアスに挑戦的な目を向けたままにやにやしている。逆襲だとハビアスは思った。この若い王子は、彼が考えなかった方法で、ハビアスに噛みついてきたのである。ハビアスの強制に対しての、これは報復でもあるのだ。
思わず、ハビアスはにやりとした。半分は、そんな彼に対する期待と興味のあらわれからきた笑みであり、もう半分は、こんな若い王族にしてやられたことに対する苛立ちから来た苦笑である。シャルルはただの世間知らずな王族ではないし、帝王学だけを学んできたわけではない。彼は一流の戦士であり、将軍であり、そして流れの遊び人でもあるのである。
ハビアスは、胸の内にくすぶる複雑な感情を押し殺しながらくすくすと笑った。
「ふっふっふ。あなたは面白い方だ」
「そうかい? オレから見ると、ハビアスの爺さん、あんたも十分面白いひとだよ」
シャルルの顔立ちは、セジェシスの一番愛した女に似ていた。その纏う雰囲気は、セジェシス自身によく似ていた。頭の切れるところは母に、明るくて行動的なのは父に――。兄弟の中、唯一セジェシスに似ていない落胤の彼が、その出自を疑われもせず長子として認められたのは、あまりにあの二人に似ているからだ。ハビアスもそう思う。間違いなく、彼はあの二人の息子であると。
「いいですよ、シャルル殿下。あなたという方を私は多分好きなのでしょう」
「へぇ、それホント?」
シャルル=ダ・フールは笑みをゆがめた。
「オレもあんたのそーゆー歪んだとこ、嫌いじゃないよ」
そういって青いマントを翻し、若きシャルル=ダ・フールは足を進めた。
「それじゃ、契約は成立ね。……オレは王位につくよ。それでいいんだろ、ハビアス」
カッファが慌てたように彼の後ろをついていく。ハビアスはそれを見送りながら、ふっと笑った。
「それでよろしいんですよ、殿下」
隠している筈の心のゆがみさえ言い当てられて、ハビアスは、思うのだ。――あなたは恐ろしい方ですよ、と。
地下水道のしずくの音は耳障りだ。
「は、はっ、……くそっ……! なんて遠いんだ!」
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