レビはザミルに一度そういってから、ラティーナを急かすように彼女に見た。その視線に、ラティーナは、慌てて後ろにある扉に飛び込んだ。
「シャルルは、お前を最後までかばっていたのに…………」
 レビ=ダミアスは、顔をゆがめ、抜いた剣をザミルに向けて突きつけた。
「シャルルの手を煩わせるわけにはいかない。私が、代わってお前を倒す」
「お前にできるか?」
 ザミルは、それを嘲笑いながら、すっと手を引いた。レビは、剣をそのまま自分の前にあげながら構えた。ザミルは、薄ら笑いをうかべた。

 
 息を切らしながら逃げるラティーナは、シャルル本人の居室に逃げ込んでいた。まさか、敵である彼に助けられるとは思わなかった。だが、ザミルのいうことを聞く気にはどうしてもならなかったのである。
 それに、シャルル本人だと思った彼は、王族であるレビ=ダミアスで、それでは、一体シャルルはどこにいるのか。
 シャルルの居室は思ったよりも質素で、うす水色の絨毯のさわやかな印象の部屋だった。王族らしい調度品はあまりなく、煌びやかなイメージはなかった。
「陛下! 入ってよろしいですか!」
 不意に声がして、ラティーナは縮み上がったが、先ほどの部屋はザミルがいる。別の部屋に移る前にまさか誰かがやってこようとは、なんてタイミングが悪いのか。
 できるだけ隠れようとしたが、返事がないのに、相手はずかずかとこちらに入ってくる。
その男は中年の男で、ゆったりとした服装から文官だということがわかる。ただ、腰に帯刀していて、武術もそこそこにはできそうな感じがした。そして、それを見たとき、ラティーナは気づいていたのである。
 シャルルの寝室は厳戒な警備の中にある。弟のザミルでも帯刀が許されないぐらいなのだ。シャルルの前でも帯刀が許されているのは、彼の絶大な信頼を受けている人物ただ一人ときいている。後見人でもあり、彼の教育係でもあった、宰相カッファ=アルシールだけだ。
 カッファは入ってくると、先客がいることに驚き、それが女性であることに驚いたが、すぐに彼女の顔見て名前を思い出したようだった。
「むっ、そなたはサーヴァンの……」
「カ、カッファ=アルシール!」
 ラティーナは思わずさっと短剣に手をかけた。
「待て、そなたがここにいるということは、よもやレビ様!」
 カッファは慌てて手を広げた。持っていた書類が散乱したが、彼は気にしなかった。
「待て、ラティーナ=ゲイン=サーヴァン! 剣を引いてくれ! 一刻を争うのだ!」
 文官にしてはやや訛りのある軍人口調で、彼はいった。
「レビ様に会ったのだな? もしや、レビ様、私に黙って誰かと会っておられるのだな?」
「そ、そうよ、あの人はザミル王子と会談をするつもりだったわ……。あなた、知らなかったの?」
「ザ、ザミル殿下!」
 カッファは驚いて、その名を口にした。
「馬鹿な、ラゲイラの後ろについていたのは、ザミル様だというのか!」
 ラティーナは応えなかったが、カッファは何かに気づいたらしく頭をかかえた。
「しまった! だから、レビ様には話をとおすなと!」
 慌てた様子でカッファは腰に下げられた新月刀に手を触れた。ラティーナはびくりとしたが、カッファはラティーナを斬る為に剣を抜こうとしたわけではない。
「すまぬが、そなたはどこかに隠れていてくれ! 」
カッファはそういい、隣室に駆け込もうとしたが、その瞬間、わあっという複数の男のわめき声と、壁を蹴るようなけたたましい音が聞こえた。ラティーナははっとした。
「駄目! そうだわ! シャーの教えてくれた脱出口から、ラゲイラの私兵が!」
「なに!」
 カッファは慌てて、シャルルの部屋の中の壁の一角を見た。壁が少したわみ、ドンドンと蹴り上げられている。すぐにそこは破れ、武装した男達がわらわらと部屋に溢れ出てきた。
「な、なぜ、貴様らがこの場所を知っている!」
 カッファは飛びかかってくる兵士達をよけながら、その一人に足払いをかけた。動きにくい文官の服の裾を破き、彼は刀を抜いた。
「ここをどこだと思っている! 陛下を侮辱することは許さん!」
元近衛兵のカッファ=アルシールは、戦場には慣れている。彼は、剣を抜いて、目の前の侵入者達を睨めつけた。



 

8・シャルル=ダ・フール

 じりじりと照りつけるような暑い日だった。シャルルはふうとため息をつく。
「わかったよ。あんたがそこまでいうなら、オレが立とう」


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