「騙すようですまなかったが、私は君の口から事実を訊きたいと思った。実際はどうなのだ、ザミル」
 シャルルの口調はきつくなかったが、何故か詰問しているような感覚があった。
「君はシャルルを裏切ったのか? ……それとも、その噂は私の誤解なのか?」
 ザミルは一瞬圧倒されていたが、すぐに彼自身を取り戻したようだった。ぐっと唇を噛み、ザミルは噛みしめるように言った。
「……なぜ、お前に言わねばならん?」
 シャルルは、静かに応えた。
「やましいことがないのならば私に応えられるだろう、ザミル」
「笑わせるな!」
 ザミルはやや声を荒げた。
「お前は、エレ・カーネスの人間ではない! お前は、父が滅びかけの城から拾ってきたただの哀れな子供にすぎぬ。我々と一緒にするな!」
「それはそうかもしれない。だが、これでも私は君の兄だ」
 シャルルは、ふうとため息をついたが、開いた大きな目は静かで冷静だった。
「血のつながりなど一滴もないかもしれないが、私には君に訊く権利がある」
「調子に乗るな、レビ=ダミアス!」
 ザミルは、歯がみした。
「そうか、シャルルがどうして大人しいのかずっと気にかかっていた。あの男は戦場の狂気を連れ回っているような男だ。そんな奴が病気で公務を休むなどと、最初からおかしいと思ったのだ!」
 ザミルは、隠し持っていた長剣を取り出すと、それを半分抜いた。ぎらりと白い光が部屋の中に輝いた。
「貴様だな、貴様がシャルルの身代わりをつとめていたのか!」
「や、やっぱり、あなたは…………レビ=ダミアス殿下」
 ラティーナは、少し震える声で言った。
「あなたが、どうしてここに…………」
 ラティーナは城に呼ばれたときに、彼が王族の列に並んでいたことを知っている。シャルルは、セジェシスの長子であるが、実はセジェシスは実子以外にも養子を何人か取っている。セジェシスは、気まぐれな男で、遠征先で哀れな王族や妃を見ると可哀想に思って何人かつれてきたことがある。このレビ=ダミアス=アスラントルもその一人だった。彼は王太子だったが、政権闘争で破れ、塔に幽閉されていた。それをみたセジェシスは哀れに思い、彼を連れて帰って養子にしたという。養子にしておけば、面倒を見ても問題はないだろうという、セジェシスの単純で浅はかな配慮は、後に内乱を起こすきっかけにもなるのであるが、少なくとも、体の弱いレビにとっては、命をつなぐセジェシスの親切であった。
 レビは、シャルルよりも少しだけ年上だった。シャルルは、血のつながらない兄である彼を慕い、兄上と呼んで彼をたてたと言われている。だが、レビは、内乱の最中、行方不明になった。病弱の彼は、すでに死んでいると思われていたが。
「内乱で死んだと思っていたがな…………まだ生きていたのか!」
「私は君と話し合いたかったのだがな、ザミル」
 シャルル、いや、レビ=ダミアスはため息をつくと、片手を腰の剣に添えた。
「お前がそのような態度に出るということは、……やはり、お前が黒幕だったということか」
 詮無いことだ、と彼は呟いた。
「だが、お前がここで強硬な策に出るというのなら、私にも考えがある」
 急な展開に、ラティーナはとまどい、そっと後ずさる。それに気づいたのか、レビは軽く剣の鍔を親指で押しながら、ラティーナの方を見た。
「ラティーナさん! あなたは下がっていなさい!」
 彼は剣を抜き放ちながら言った。
「え、で、でも…………」
 不意に言われ、ラティーナは思わず戸惑う。
「レビ=ダミアス! その娘は、シャルルを暗殺するべくこの城に忍び込んだのだ」
 ザミルは、唇をゆがめて笑った。
「なにせ、ラハッドを殺したのはシャルルなのだからな!」
「それは誤解だ」
 レビははっきりと言った。
「シャルルはそのようなことができるような人間ではない」
「世迷い言を」
 ザミルは、はっと鼻先で笑った。
「我々兄弟の中で、もっとも戦いに長けたのが、あのシャルル=ダ・フールだろうが」
「ひどいことを。お前はあの子が好んで戦いに出かけたとでも思っているのか?」
「違うのか? ほとんど王都には近づかなかったあの男が」
「ラティーナさん」
 不意に声をかけられ、ラティーナはびくりとする。レビは、そっと彼女の方に目を向けていった。
「後で私が誤解を解こう。だから、今はひとまず下がっていてくれないか。シャルルは君を傷つけるのを望まないはずだ。後ろの扉から私の部屋に出られる。そこから移動しなさい」
 レビの声は優しく、ラティーナは思わずうなずいてしまった。
「ラティーナ! きさ……!」
「ザミル! お前の相手は私だといったばかりだろう! ……さあ!」


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