「貴様は俺と同じだ! 貴様は、自分の存在意義を戦いの中でしか見つけられない哀れな男だ。……俺と同じだ」
シャーは黙り込む。ジャッキールはにやりとした。
「……図星だろう」
ふと、ぱしゃりとジャッキールの足元で、音が鳴った。そのまま、足で水をかき割って、静かに進みながら、彼は陰鬱な笑みを浮かべた。と、その瞬間、ジャッキールのつま先が水を蹴って現れた。
光る刀を見破って、シャーは身を翻すと同時にそちらに刀を振る。硬質な音が、水の流れる水路に反響し、何度も聞こえて遠くなっていく。剣を受け止めた状態で、暗い中、ジャッキールははっきりと言った。
「何をいおうが、貴様は俺と同じだ。……貴様は仮面をつけることによって、すんでのところで踏みとどまっているに過ぎない」
シャーはわずかに眉をひそめる。ジャッキールは剣にぎりぎりと力をこめながら、そのまま続けた。
「貴様の気持ちもわからんではないがな。……だが、仮面をつけるのには限界がある。いつか俺のようになる」
「けっ! やめてくれよ!」
ふっとシャーの笑い声が聞こえた。突然、剣を返してきたジャッキールの一撃を避け、それを受ける。鉄が鉄を噛みあう音がする。シャーは刀を引くと、そのまま身を翻して後退した。嫌な言葉を振り払うように、シャーの言葉は力強かった。
「アンタと一緒にすんなよな。……でも、そう言われた覚えがあるぜ。思い出したよ」
シャーは、わずかに自嘲した。
「……ハビアスのくそ爺が昔言ってたよ。……お前は、戦争のとき以外は、波乱の元だってな。それは、もしかしたら本当かもしれない……。そうかもしれねえよ」
シャーの振った刀が、ジャッキールのマントを掠めた。ジャッキールはそのまま後ろに飛びずさる。ほおら、とシャーがわざとらしく口にした。
「なあ、オッサン。オレも時間におわれてなきゃ、こういう勝負はすきなのかも知れねえ。時々そう思うことがあるぜ! おっと!」
シャーは、剣を横にないで、ジャッキールの突撃をさけた。がっがっと、二度火花が散った。シャーは再び相手から離れ、間合いを取る。
「では、認めているではないか」
ふんとシャーは鼻先で笑った。ちゃりんと鍔の鳴る音が微かにする。おそらく腕を持ち上げたのだろう。
「いやいや、オレが認めるのは一つだけさ。……確かに、あんまり切れ味のいい剣もつとロクなことが無い。同じで、ちょっと強くなると人間って奴ぁ、つい調子に乗っちゃうね。自分と同じぐらい強い奴と戦いたくて戦いたくって、たまらねえ」
シャーは、どこか暗い笑みを浮かべた。
「……人間って奴は、どうしようもない生きもんだ。あんたもオレも含めてさ」
「ふ、……なるほど」
ジャッキールは、笑った。
「満足したのかよ? 死ぬ前にききたいことがきけたってか?」
シャーがそういうと、ジャッキールは笑みを強めた。
「言っただろう。俺は今回は手を抜かん。どちらが死ぬかしらんが、死んでもかまわんと思ってやるからそうきいたのだ」
ジャッキールは構えを取ると、楽しそうな笑みを浮かべながら言った。
「さて、それでは、本格的に再開といこうか?」
(どうする?)
シャーは、唇を軽くかんだ。もう時間がない。
腕は五分五分。いいや、経験と力の分、ジャッキールのほうが幾分か上かもしれないが、勢いと作戦で攻めて行けばどうにかなるかもしれない。だが、捨て身をどうとも思わないだけ、彼のほうが有利だった。
おまけにシャーには、時間がないし、ここで致命傷など負うわけにはいかなかった。彼にはこの後の戦いが控えているのである。
(畜生、足でももつれて転んじまってくれねえかな!)
心の中でそんなことを思いながら、シャーは相手の様子をうかがった。ジャッキールは、未だに剣を構えている。足をもつれさせて転んでくれる可能性は、あいにくとなさそうだった。
「さあ! いくぞ、アズラーッド・カルバーン!」
ジャッキールは、そう叫んだ。そのまままっすぐに飛び込んでくるジャッキールを予想して、シャーは後ろに飛びずさる。途端、ざざざと音がした。水を蹴散らす音だが、今の音はジャッキールの足音ではない。そんな近い位置からではなかった。遠くから、しかも大勢が一斉に水を蹴散らして走ってきている音だ。
「しまった!」
シャーはわずかに歯がみした。ジャッキールが率いていた先鋒隊に続いてきていた後続の兵士達が進入してきたのだ。さすがのシャーも、ここで彼らを一気に相手することはできない。ジャッキールの相手をしているならば、ここから先への進入を止めることすら無理なのだ。わずかに顔色を変えたシャーに気づいたのか、ジャッキールはふっと笑った。
「顔色が悪いようだが……。どうした? シャー=ルギィズ」
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