「色々あったけど、オレは別に辛いなんて思ってないよ。だって、オレには育ての親もいるんだから」
シャーはにっと微笑んだが、すぐに不平そうな顔をする。
「ま、でも、その人はねえ、とんだ強情っぱりで…………おまけにあの人、とんでもなくデリカシーの無い親父でさあ。はっきりいってメーワクなんだよねえ、お節介だし。オレの気持ちをはかり損ねてる感じだし…………」
それから、シャーは少しだけ照れ隠しに笑った。
「……でも、もしかしたら、そいつのことは、尊敬してるのかも……って思うときがあるよ。あと、奥さんは、いい人だし。オレは、恵まれてるなって思うんだ。迷惑ばっかりかけてるけどなあ」
へへへ、と、少しだけ自嘲気味にシャーは笑った。
「ごめんね、ラティーナちゃん。オレの身の上話なんてつまんないでしょ?」
ラティーナは静かに首を振り、そっと彼に尋ねた。
「あなたを育ててくれた人は、もしかしてシャルルの……」
「というより、セジェシスの忠実な部下だったんだ。セジェシスのためなら、それこそ火の中も怖くないような男だったからね」
シャーはごろんと床に横になった。
「そうだよ、『偉大なる王』セジェシスの部下」
妙にアクセントをつけながら、笑みもせずに呟く。
「それで、あなた……シャルルの影武者みたいなことを?」
シャーは、それには直接答えず、少し寂しげに笑った。いつもは、おどけているシャーのそういう表情を見て、ラティーナは先ほどあれほど彼を責めた自分を後悔する。
「あの人は、多分セジェシスの役に立ちたくてオレを育てたんだろうな。……あ、でも、間違わないでよ。オレはあの人を憎んでるわけでも恨んでるわけでもないから。あの人がセジェシスを敬うのは当然だし、仕方ないことだから。そんなこと恨んだって仕方ないじゃないか。それに、オレはあの人の役に立ちたかっただけなんだ」
ラティーナは、じっとシャーを見ている。少し目を閉じて、彼は答えた。
「多分、褒められたかったんじゃないかなあ。あの人に」
にっと笑ったが、その口元に漂うのは、普段の彼には似合わぬ孤独で哀しい空気だった。
「今となっちゃ、昔の話だけどね」
ふうとため息をつく。シャーは少しだけ無言になり、ぼんやりと天井を眺めていた。
「でも、今は……怒ってるだろうなあ。オレがこんな遊び人になってること」
少しだけ辛そうにいいながら、シャーは口の端で笑い、天井から目を床におとした。
「……ねえ、……少し訊いてもいい?」
「いいよ」
ラティーナが戸惑いながら声をかけてきたので、シャーは少し起き上がる。そうすると、彼はもう軽薄な彼に戻っていた。
「あなた、……ラハッド王子を知ってる?」
少し沈黙し、シャーは目を伏せながら答えた。
「……知ってるよ」
「……あのとき、あたしにも会ったんじゃない? 広場で」
「ああ、あの時は遠征が入ってて、その出発でね……オレなんか見送る人なんかいやしなかったから……ちょっと寂しくて、それで身分違いだとはわかってたんだけど、あんなこと……。後で思い出したよ。ごめんね、ラティーナちゃん」
シャーは、思い出して少し頭を下げた。
「無礼な奴だと思ったでしょ?」
「べ、別にそんなんじゃ……」
図星を指され、ラティーナは少し慌てた。
「で、でも、なんだかあなた変なこと言ったわよね。ジャスミンの花を……って」
「ああ、それは」
言ってシャーは手をたたいた。
「あの時の遠征は辛かったんだ。だからさ、オレも自信が無かったんだよな。生きて帰ってくる」
シャーは答え、それから遠い目をする。
「それで、少し感傷的になったっていうか、なんと言うか」
「でも、あんたは生きて帰ってきたのね」
ラティーナは少しほっとするような気持ちで言った。あの時の青い兜の青年の後姿の哀しげな様子は、今思い返しても切なくなるものがあった。だが、シャーは静かに首を振った。
「無事にってわけじゃなかったんだけどね」
「え?」
シャーは、かすかに笑っていった。
「オレはあんとき半分死んでたんだよ、ラティーナちゃん。矢傷を受けて落馬して……あとは記憶がぜんぜんないんだよな。だから、あの時、ラハッド王子とラティーナちゃんにそう頼んだのは、オレの悪い予感だったのかもね」
「で、でも……」
ラティーナは、慌てたように言った。
「あんた、今生きてるじゃない」
「そう、戻ってきたんだ。生死の境をさまよって、何日だったかなあ、目がさめたら、周りにいる奴らがいきなり泣きながら抱きついてきてね、重傷だっていうのに。もう一度痛くて気絶しちゃった」
シャーはにやりとした。
「あとできいたら、あいつら全員オレの為に祈りなんかささげてたんだってさ。うっとうしくて、オレ、多分、引き戻されちまったんだよね」
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