心配そうなカッファに、シャルルはほほえみかけた。
「でもおそらく大丈夫だ。カッファ。……彼は、我々が考えているよりも、おそらく強い男なのだろうから」
「そうですね」
カッファは、シャルルに微笑み返し、ため息をつきながら寒い夜空を見上げた。
今、あの男は、一体どこで何をしているのか。ラゲイラの怪しい動きがある今、なるべく彼には大人しくしてもらいたいのだが。
そう思いながらも、どこかで彼に助けてもらいたいと彼を頼りにしている自分も発見してしまい、カッファは苦笑いを浮かべた。
シャーの家というのは、カタスレニア地区の隣のルオという区画にある。おそらく借家なのだろうが、果たして家賃をどうしているかは見当もつかない。家主に泣きついて入れてもらったのかもしれない。
そして、それを疑えないぐらい、その建物は古くてぼろぼろだった。建物は二階建てで、何部屋かあったが、住んでいるのはシャーと、下の階に住んでいる子供づれぐらいなものである。宿屋みたいな建て方で、シャーの部屋は二階にある。
中は思ったより荒れていなかったが、シャーが几帳面だというよりは、単にものが少ないからだろう。そのがらんとした空間に、いくつかの家具と寝台をおいている。あまり上等ではない敷物の上を払って、ラティーナを座らせ、シャーはどこで調達してきたのかわからない食べ物をラティーナにすすめた。
「これは、その辺の酒場帰りの知り合いに頼んでもらってきたんだ」
というよりは、おそらくアティクあたりの舎弟をたたき起こして、その食べ物を強奪して来たに違いない。迷惑だったろうな、とは思うが、いつものことなのだろうなとも思う。
「ありがとう」
一応礼をいって、パンをちぎって食べながら、ラティーナはじっとシャーを見た。ランプの光に照らされて、シャーの目はひときわくっきり見えた。
「どうしたの?」
大きな目をぱちりとしばたき、シャーは訊いた。
「ねえ、……よければだけど、あんたのことを話してくれない?」
ラティーナは、口にパンを運ぶのをやめてそうきく。
「ラティーナちゃん、てえことはオレに興味あるの?」
シャーは、わざとらしいほどうれしそうな顔をする。そういう顔を見ていると、少し腹が立つので、ラティーナは、シャーにそのあたりにあった綿のほとんど入っていないクッションを投げつけた。大げさに、「いたあ」と言った後、シャーは不意に寝転びながらいった。
「じゃあ、オレのことちょっと話してみようかなあ」
何となくわざとらしい明るさで、シャーは弾むように語りだした。
「オレの出身だけどね、オレはここよりも東で小さい頃に過ごしてたんだ。両親の顔は一人は知らないけど、もう一人は知ってる。知ってるけど、数えるほどしか会ってくれなかったよ。……忙しかったんだろうけどね」
シャーは少しだけため息をついた。
「あいつは、本当に嫌な奴だった。嫌いなのに、あいつに会うと憎めなくなってしまうからさ」
彼の目に、複雑な色が混じり始める。懐かしさと怒りと憎しみと、そして、何か寂しさを交えながら、彼は呟いた。
「ホント、悪い奴じゃなかったんだよ。文句言ってやろうと思って会ってみると、なんだか、相手を責める気持ちになれなくなる。いい奴だよなあ……って思わず思ってしまう。そいつに褒められると、嫌だったはずなのにうれしくなる。そういう人だった。……だから、オレは却って大嫌いだった。……同族嫌悪だって、他の連中は言ったけどね」
シャーがでたらめをいっているのかと思ったが、覗き込んだ彼の目は少しだけ寂しそうな色を見せていた。
「あの……シャー……」
「あ、ごめんごめん。別に不幸な話じゃないさ。よくある話だよね。一応、オレ、捨てられた訳じゃないんだし」
シャーは、無言で何となく気まずそうな顔をしているラティーナを、慌てて逆に慰めるようにいった。それから取り繕うように明るい顔をした。
「あ、それじゃ、オレのルーツについて話しようか。オレ、この辺の人間ぽくないでしょ? 剣とか戦い方とか、顔とか」
「そ、そうね……」
ラティーナも、慌てて彼にあわせる。
「オレのおふくろさんはね、東の果てからやってきた旅人だったらしいって、同郷だったらしいオレの剣のお師匠様が言ってたよ。オレの剣はね、その人からもらったんだ。師匠は厳しい人だったけど、割とオレには優しかった。そこの国のこともちょっと話してくれたけど、正直オレにはよくわかんなかった。どこかわかんないけど、世界の果てみたいなところだろうかなあ。でも、もし、そこに行けば、オレのルーツがわかるっていうなら、行きたいような気がするんだ。どう思う?」
ラティーナはわからない、と首を振る。シャーはにっこりわらい、そうだよねえ、と答えた。
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