「兄貴〜! そんな切羽詰まる前にオレたちにたかるくせにぃ〜」
「あっはっは、それもそうかぁ」
たかりの常習者であるシャーは、悪びれもせずけらけら笑う。しかも、周りの被害者がそれをとがめようともしない。
「うん、そういうわけで、一応護身用にも下げてるんだ〜。この刀のご威光で敵を早めに撃退、というか、威嚇! いいだろ〜って、あ、興味あるの? ラティーナちゃん」
「ちゃん付けで名前呼ぶのはよして」
「ひ、ひっどい。かわいいのに」
ラティーナはその馴れ馴れしさに腹を立て、彼を睨んだのだった。シャーは軽い言葉を言いながら、酒場の女の子達と同じような冷たい反応に怯えて見せた。
「兄貴、初対面から嫌われた〜」
周りから冷やかしの声が飛ぶ。シャーは、少し舌打ちして、それから、ふらりと立ち上がる。
「ちぇ〜〜〜。仕方ない。あ、オレ、ちょっとマスターと話があったんだった。ラティーナちゃんはお前たちが相手してやるんだぞ〜。退屈させるなよ〜」
「OK、兄貴!」
連中が、オッスとばかりに声をそろえた。が、ラティーナはきっとシャーを睨んだままである。
「ちゃん付けはよしなさいといったでしょう!」
目くじらを立てるラティーナに、さすがにこれはまずったかと、シャーは、慌ててマスターの方に早足で行ってしまった。
残されたラティーナは、大きくため息をつく。
「全く! 信じられないわ!」
ラティーナは冷たく言う。
「あんな男にあんた達、何でついて行くわけ!」
弟分たちは顔を見合わせた。体の大きなアティクが口を開く。
「何でって言われても……」
横でシャーに負けず劣らずひょろりとした感じのカッチェラが首をかしげる。
「オレたちもよくわからないんだよな」
「ただ、……兄貴は俺たちがいないとやられちまいそうで、妙に心配になるんだ」
アティクがそういった。
都の片隅で不良といわれても仕方のない、やくざな生活に身を落としていただろう彼らが、そんなことをいうのをラティーナは信じられなかった。
「……何だか、あの人に会ってから、毎日が楽しいんだよ」
カッチェラが照れたように微笑んだ。
「なんていうかなァ? こう、力じゃ絶対に負けねえと思うんだけど、そうじゃなくって、あの人には勝てないんだ。うん」
彼らの話を聞くと、シャーはある時にふらっとあの酒場に現れたのだという。そして、いきなり、踊ったり冗談を言ったりして無理やり酒場になじんでしまった。その後、むっとして近寄ってきた彼らにシャーは微笑みながら言ったのだという。
「オレ? うん、シャーだよ、シャー=ルギィズ。どうしても俺の事を呼びたいなら、兄貴と呼んでくれ」
その図々しさに彼らはあきれたという。おまけに彼はこうもいったのだ。
「お近づきのしるしに、ほら、なんかおごってくれないかなぁ。おにいさん。オレ、昨日から何も食べてないんだ〜」
怒鳴りつけてもよかったのだ。だが、誰一人そうできなかった。妙に気圧されて、しかたなく、みんな、彼にカンパしてしまった。なぜか逆らえないが、別に威厳があるわけでもなかったりする。その後、そんなシャーと付き合っている間に、何となく悪い事をするのも、妙に突っ張るのも馬鹿らしくなって、彼らの何人かはすっかりいつの間にか、『更正』してしまった。
「厳密に言うと、あの人がオレたちを舎弟にしたわけでもないし、こっちが面倒をみてやってるんだけど、あごで使われてもあんまり腹がたたないんだよなあ。不思議と」
ぼんやりとそんな事をいうカッチェラまでが、何だか幸せそうに見えて、ラティーナは、軽く唇をかんだ。
夜がふけると酒場の宴ももう終わりである。みんなが家に帰っていく中、シャーもやはり夜の帳の中に姿を消そうとしていた。路地をひとり歩くシャーは、まるで猫のように足音を消していた。時々周りを見回すのは、また恐喝にあうかも、と怯えているからかもしれない。
「シャー」
呼び止められて、びくりとしてシャーは振り返る。ラティーナが、むっつりとした顔で立っていた。
「あ! ラティーナちゃん!」
シャーは満面の笑みを浮かべた。
「何のよう?」
「さっきの事は忘れて」
金の入った袋をちらつかせ、ラティーナは、シャーの予想に反して冷たく言った。
「あ、あのねぇ。な、何の事かな?」
シャーは首をかしげる。
「聞いたんでしょ? さっきの」
「さ、さっきのって?……オレ、酔ってたからわかんないな……」
へらりと笑ってかわそうとしたが、ラティーナはいきなり短剣を抜き、シャーを近くの建物の壁に押し付ける。そして、首のところに刃をちらつかせた。
「……忘れないというなら、あたしがあなたを殺すわ」
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