しかし、引退していた前の宰相のハビアスという男が、そこでセジェシスの第一子であるシャルル=ダ・フール=エレ・カーネスを連れてきた。シャルルは、セジェシスの第一子ではあったが、正式な妃の子ではなく、落胤に近い立場だった。元は王になるような身分ではなかったのである。周りが闘争に巻き込まれている中、なぜか行方不明になっていて災難を逃れていたようだった。シャルルは病弱で、とても政治が出来るような男ではなかったが、ハビアスと彼を育てたカッファという近衛兵出身の文官が後ろ盾に着き、彼を持ち上げた。すると、どういうわけか、セジェシス時代からの有力な七人の将軍達が、シャルル派についた。彼らがついた事により、軍の多くがシャルル側に傾いた。軍隊の力を直接つけたものは有利である。継承権争いは、それで終息し、シャルルが王位についた。
だが、シャルルはやはり政治が出来るほどの体力が無く、今は宰相についたカッファ=アルシールが政治を一手に引き受け、王自身は滅多に姿を現さない。
ただ、政治はうまくいき、今のところ国内は平和だった。民衆は政治さえ上手くいけば文句は無く、おまけに軍の有力な指揮官達が、そろいもそろってどういうわけか、軟弱この上ないはずのシャルルを信奉している。内乱を起こしても、彼らに鎮圧されるだけであるし、ましてや民衆は何の文句もない。ザファルバーンの国力は、回復してきていたのだった。
それが、シャルル戴冠後、一年のこの国の現状だ。
シャーは、ばつの悪そうな顔をしながら、ラティーナの前に座っていた。
「あっはっは。まぁ、そんな顔しないで、折角知り合ったんだし、もりあがろーよ。ラティーナちゃん」
「なんて軽い男なのよ!」
ラティーナはいらだち紛れにはき捨てる。
「えっ! 何? ほめ言葉?」
シャーが何と聞き違えたのか、期待に満ちた目を向けるので、ラティーナは、反射的にシャーの頭を張り飛ばした。思わず、周りからおお〜っという歓声が上がる。
「あいたたた。ラティーナちゃんも大概だねえ。さっきは、みょーに色っぽいいい女だったのにさ〜」
「うるさいわね。……一生に一度使うか使わないかって思いで、色仕掛けにまで挑戦してみたのに! 偽者だなんて!」
「に、偽者はひどいよ」
シャーは泣き言でも言うような顔をしていった。
彼らの言っているシャーは、シャー=レンク=ルギィズという名前の中年の男で、ここにいるシャーとはミドルネームを除き、同姓同名だった。だが、顔はというと、全く違って向こうの方がかなり脅しの効く顔をしていた。この王都のならず者達を束ねるやくざの親分で、噂では王室の権力闘争の時も一役買っていたという。
そんな男が、なぜここのシャーと間違えられるかというと、名前が似ているという事と、カタスレニアのシャーと呼ばれる彼が、レンクとは違う意味で有名だからである。彼の場合は、そういった悪名で呼ばれるのでなく、『カタスレニア地区には、愉快で変な男がいる。』というような意味での有名さであった。だが、その有名さがあだをなし、時々こういうとんでもない間違いをする人間が現れたりするのである。
それにしても、ここのシャーはとんでもなく弱い男なのだった。力の強い弟分たちがついていないと、よくカツアゲにもあう。酒場の女の子にナンパしても成功したこともない。大体、財布の中身はすっからかんで、明日の飯も弟分にたかりながら生活している始末である。真剣な顔をしていれば、わりと男前にも見えるのだが、それ以上に情けない雰囲気が漂うので、女の子にもてたことがない。常にぐてっとしていて、ひょろひょろしていて、しかも見た目どおりの注意力散漫だ。
そこまで追い詰められておきながら、このシャーは町の男たちに妙に尊敬されている。尊敬というより、あきれられているだけなのかもしれないが、とにかく人気があった。女性たちも、恋心だけは抱いてくれないものの、シャーを別に嫌いではなかった。変な魅力のある男であった。
だが、一つ、彼には似合わないものがある。それは、いかにも切れ味の良さそうな東渡りの刀が腰の帯に挟まっている事だった。その刀があまりにも見事で、彼の外見に全くそぐわなかった。鍔には植物をあしらった細工がされていて、かなりの名工のものであるらしいことがわかる。
「あぁ、これ?」
シャーは、笑いながら言った。ラティーナが、それに目を留めているのに気づいたらしい。
「これね、オレの最後の財産なの」
にゃっはっは。といい加減な笑い方をして、シャーは腰の刀を叩いた。三日月刀とは違う、ちょっとだけ反った刀だった。
「東の果てからわたってきたっていう話でさ〜。どっかのゴミ捨て場で拾ってきちゃったんだよなっ! 飢え死にしそうになったら、質屋にいれてもいいかなって」
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