「触んないでよ! このバカ、変態、スケベ! 放して!」
「あ、暴れちゃダメだよ! オレも余裕ないんだから!」
またまた、後ろから刀がにょっと飛び出てきた。シャーはそれを避け、右手に握った刀を横に力任せに振るった。ガチーンと、音がして、相手は勢いに任せたシャーの剣に押されて、後退した。
「ここから、一刻も早く逃げなきゃ〜、オレ達の命、風前の灯火って奴だよ?」
シャーはラティーナの機嫌をとるように言ったが、彼の目は相変わらず状況をみるだけで精一杯で、ラティーナの表情までは気が回らない。もし、ラティーナの表情に気づいていたら、シャーの対応もまた違ったのだろうが。今の彼は、常に後ろに気を配り、もし後ろから剣先がのびてくれば、すぐにそれを叩かなくてはならなかった。ラティーナを抱きかかえている分、スピードが落ちているのも事実だ。
それに、自分も怪我をするわけにはいかない。先ほどの傷ぐらいなら平気だが、こういう場合は、傷を少しでも負えばそれに伴って戦う気力も同時に抜けるものである。戦い慣れたシャーにはそれもよくわかっていた。
「もうすぐだから、大人しくしといてよ」
落とさないようにするためか、シャーはどこからともなく紐をを取り出すと、口を使って刀と右手を縛り付け、もう一度ラティーナに言った。
「必ず無事に抜け出してあげるから!」
「あんたに助けてもらいたくなんかないわよ!」
ラティーナの声は冷たい。シャーは、ハッとしたような顔をして彼女を見た。
「……な、なんで? どうしたの?」
怪訝そうに、しかし心配そうな顔をして、シャーは尋ねたが、それにラティーナが応える暇は全くなかった。
音が聞こえ、シャーはあわてて頭を下げた。上を大きな刃物が通り過ぎていく。とはいえ、今のは相手も走りながら投げてきたものなので、シャーが頭を下げなくてもそれは命中はしなかっただろう。
「ちっ、しっつけえなあ! あんたら、絶対、女の子にもてないぜ!」
人のことは言えない言葉だったが、相手もそれに対して返してくるほど余裕はないらしい。続けて、足元に短剣が襲ってくる。
走りながら、シャーは出口を探した。いくら女性だといっても、人一人抱えるのは、かなりきついものである。
まさか、正面の門から飛び出すことはできない。
(さぁてと、どうしたもんかな。)
軽い男なりに、彼は複雑な顔をした。このまま、訳も分からず走っても仕方がない。ラゲイラの屋敷の窓は、高いところにある。特に屋敷の中でもこの周辺は厳重につくってあるようだった。邸宅の様子を外側から見られないよう、または侵入者を入れないように一階には窓がほとんどないのである。だからここに降り注ぐ月の光は、おそらく上にある者だろう。
シャーはふいににやりとした。
「な、何よ?」
その表情の変化は、ラティーナを不審がらせる。そんな彼女に、シャーはにんまりと笑って見せた。
「ラティーナちゃん。高いとこ、平気?」
「な、なに言ってるの?」
いきなり、シャーが変なことを言うので、ラティーナはとまどった。同時に嫌な予感がした。おまけにいきなり向かう場所を変えて、突然二階の方に走っていく。
「それじゃあ、賛成ってことで!」
直接応えないラティーナを勝手に肯定したことにして、シャーは階段を一気に上りきった。前からも兵士がやってきたが、なにぶん暗い。おまけに、シャーが、「警備のみなさま、ごくろうさーん!」 などと馴れ馴れしい声を上げて、一瞬のうちに通り過ぎたので、彼らは呆然として動きが遅れたようである。
二階には、明かり取りの窓がいくつもある。シャーの考えが一瞬でわかったラティーナは、悲鳴に近い声を上げた。
「ちょ、ちょっと待って、それはやめてー! 無茶よお! ダメ、あたし、高い所嫌!」
「ごめんなさ〜い! もう遅かった〜!」
シャーが本気かどうかわからない素っ頓狂な声をあげ、飛び上がって窓枠を踏みつけると一気に体を宙に躍らせた。月の光に照らされた庭が、少しだけ見えた。その高さにラティーナは恐怖のあまり顔を引きつらせた。
「きゃああ!馬鹿ああ!」
ラティーナは悲鳴をあげ、慌ててシャーの体にしがみついた。夜の風が、彼とラティーナの髪の毛を吹き上げる。そのまま、彼らは窓から下へと落ちていった。
ラゲイラは、ある一室で話し込んでいた。暗い部屋だったが、調度品は豪華で客間のようでもある。ラゲイラは、秘密の客人と話すときは、この部屋をよく使っていた。
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