「ラゲイラは、奴を相当買っているらしい。本当はな、奴のアブナさを嫌って、ラゲイラの背後にいる奴からは、アイツを追放しろとか、殺せとか、そういう風に言われてるらしいんだが……。ラゲイラは、いつまでも奴を飼っているのさ。頭がそこそこ切れるだけでなくて、結構義理堅いらしいから余計かもしれんが」
 ハダートはにやりと笑い、今度はからかうような口ぶりで言った。
「単純な分、ベガードのほうが扱いやすいぞ。あいつは適当におだてておいたから、俺のことは疑っていないだろうからな」
 などと、言いながら、ハダートはにやにやしている。ラティーナは、それから少し考え、そうっときいた。
「……シャルル=ダ・フールのことは、あなたは詳しいわよね?」
 ハダートは、聞かれて少し考え込み、ごまかすように微笑みながら応えた。
「それはどうだろうなあ。あの人はさっぱりわけのわからない人だからな」
「どういう意味?」
「どういう意味って?そのまんまの意味だ。あの人は自分の本心を露にするタイプじゃないし、そのくせに人を自分のペースに引き込むから苦手なんだよなあ。正直」
 ハダートは苦笑した。
「はっきり言って迷惑なんだが、見殺しにしたら絶対後悔するタイプって感じだね」
 ラティーナは、ハダートの表情が、少し和らいだのを見て内心驚いた。この節操なしという噂のハダート=サダーシュが、こんな表情をするほど、シャルルは魅力的な人間なのだろうか。
「……なのに、裏切ろうとするの?」
「話はこれで終わりだ。それ以上聞かれると、俺にも守秘義務ってもんがあるんでね」
 ハダートは、苦笑いを通り越して、軽くラティーナを睨むようにしていた。これ以上は本当に聞かない方がいいのかもしれない。ラティーナはため息をついて追求を諦めた。
「わかったわ。それ以上は聞かないことにしましょう。でも、一つだけ教えて欲しい事が」
「なんだ?」
「シャー=ルギィズっていう男を知ってる?」
 その名をきいて、ハダートは、少しふきだした。
「あはははは、よりにもよってシャー=ルギィズとはなあ! なるほどなるほどな。……回りくどい聞き方をするんだな、お嬢さんは」
「ば、馬鹿にしないで!」
 ラティーナは笑われたことに腹を立ててカッとする。
「いやいや、失礼。で、あんたは、一体、あの腐れ三白眼の何が知りたいわけだ?」
 ハダートは、彼を『腐れ三白眼』呼ばわりすることで、彼を知っていることを肯定しながら、先を促す。彼が、シャーを知っていることにやっぱりと思いながら、ラティーナは、少しうつむきながら尋ねた。
「……一体、あいつ……、シャルルの何なの? 密偵っていうのは本当? 影武者って言う話は……」
 ハダートは、にんまりと笑った。
「あぁ? いやなあ、あの腐れ三白眼は……」
 言いかけたとき、急に複数の人間の足音が、石造りの廊下に響き渡った。ハダートは口をつぐみ、きっと音のするほうを見た。



 怯えた声が響き、そこから慌てて逃げさる男の不規則な足音が聞こえる。青い光に包まれた大広間。上には明り取りの天窓がある。やがて、天窓から月光が入る広間に、男が転げ込んできた。腰をぬかした男の前に、真っ青なマントがふわりと広がった。青い衣の男は、全く足音を立てない。猫のように静かに、しかし素早く後を追ってきた。
 ゆらりと刀をさげて現れた青い衣の男は、戦意を失った男に一瞥をくれた。月光のせいなのか、それとも元からなのか、どこか青みを帯びた黒の瞳には、感情らしい感情は感じられなかった。そこから彼の本心を読むことは不可能である。
「ラティーナをどこに連れてったんだ?」
 シャーは訊いた。男は首を振る。
「し、知らない。オ、オレは……!」
 がくがくと震えながら首を振る男にシャーは見かけだけ愛想良く笑いながら、切っ先を鋭く突きつけた。
「今言うなら、あんたに危害は加えないさ。……オレは、約束は守る男だかんな」
 そして、彼はわずかに表情を引き締める。いつもは情けない印象のシャーの顔だったが、同じ顔なのにどういうわけか、このときは相手に恐怖を覚えさせるほどの迫力を秘めていた。
「だけど、言わないなら、……オレにもそれなりに考えがあるぜ?」
「ひっ!」
 男は身をすくめた。そして、震える唇でようやく言葉をつむぎだす。
「あ、あの娘は!」
 彼がそういいかけたとき、いきなり風を切る音がした。シャーは、サッと身を引いた。近くで悲鳴があがり、何かが倒れた。先程いた男の影が見えなくなり、その後ろに黒いマントをきた男の影がみえた。
「おいおい、ひでえことするな。味方を斬っちまってもいいのかよ?」
 シャーはあきれたように言った。


* 目次 *