「ええ! 嘘! ラティーナちゃん、貴族のお嬢様なの!?」
「どっちに驚いているのよ!」
何となくふざけたようなシャーに腹が立ち、ラティーナは彼を睨んだ。
「……い、いや、その……」
シャーとしてはふざけたつもりはなく、ラティーナが貴族のお嬢様だということにも、ラハッド王子の婚約者だということにも、どちらにも驚いてはいたのである。ただ、ラティーナが、町娘でなかったという事への衝撃が大きかっただけで……。
「……つ、続けてよ」
「ラハッドは、毒殺されたわ。その刺客は、シャルルの手のものだったの」
「何か、証拠でもあるのかい?」
シャーは不安そうに訊いた。
「あるスジからの情報。それに、あとでやすやすと王位についた事が証拠よ」
ラティーナは、ぶっきらぼうにいう。
「物的証拠はないじゃないか」
「そんなの、有力者は全部隠せるわよ! それに、シャルルはね! 今、病弱とかいってるけど、本当は違うのよ!」
「え……ど、どうゆうこと?」
「……城の中で遊びほうけているって話じゃない」
「それは、噂じゃないの?」
憤然と言ったラティーナに、シャーは尋ねる。
「噂……だけど、でも、どっちにしろ、病弱な王様なんて、役に立たないじゃない! ラハッドのほうがずっと王には向いてたわ!」
「……かもしれないね」
シャーは、少しうつむいて同意した。
「……確かに、シャルルは遊んでるかもしれないし、病弱かもしれないよ。でもね……」
シャーは、ぼそりといった。
「……シャルルはいい奴じゃないけど……」
とシャーは言った。
「……弟を殺して王位を取るほど、嫌な奴でもないよ。きっと」
「なんであんたにわかるのよ!」
ラティーナの怒りをかって、シャーはびくっとした。
「あんた知ってるの?あいつ!」
「……いやあ、その、た、旅先で見かけた事があって、そのあの……」
ラティーナの剣幕に怯えたのか、それとも、言い辛い事情があったのか、どちらかはわからない。ただ、シャーは、口ごもってしまった。
「……あんたにはわかんないわよ」
「ご、ごめん」
シャーは反射的に頭を下げる。それから、少し真面目な表情になった。
「一つだけ、応えてよ。ラティーナちゃん」
「……何?」
「……ラティーナちゃんが、ラハッド王子の敵を討ちたいのは……、ラハッド王子を殺したシャルル=ダ・フールが憎いからだよね?」
「当たり前よ!」
ラティーナは憤然と応えた。
「……それは、ラハッド王子が好きだったから? それとも、王妃様になり損ねたから? どっちだい?」
シャーは、静かな口調で訊いた。本当は応えたくなかったが、シャーのその口調は、ラティーナに応えろと迫っているようだった。
「……それは……ラハッドが……」
不意にラティーナの目に涙が浮かんだ。シャーは、はっと息を呑む。
「ラハッドが……好きだったからに決まってるじゃない……。王妃なんてどうでもいいわ。ラハッドと一緒にもっといたかっただけ……それだけよ。だから、それを奪ったあいつがゆるせないだけ……それだけに決まってるじゃない……」
うつむいて、吐き捨てるようにいうラティーナを見て、シャーは、途端うろたえたように彼女の顔を覗き込んだ。
「ご、ごめん。ひどい事聞いちゃった上、変な事思い出させちゃったな。ええっと、ハンカチ……」
あれ、と、シャーは首をかしげる。そのままポケットなどを裏返すが、やはりそこには何もない。
「お、おかしいな! ちょ、ちょっとまってね!」
慌てて、荷物入れを全部ひっくり返しそうな勢いのシャーをみて、ラティーナは、思わず吹き出した。
「あははは。もういいわよ」
「え? でも、ハンカチとか……」
シャーは、出てきたらしい空の財布を持ったまま振り返る。どうやらそれしか見つからなかったらしい。ラティーナは、もう涙をぬぐっていて、いつもの表情を向けていた。
「もういいっていってるでしょ? ありがと。あたしの事、なぐさめようとしてくれたのよね」
「……ま、まぁ、そんな感じです、はい」
シャーは、ばつが悪かったので、頭をかきむしりながら呟いた。それを見ながら、ラティーナは仲間が現れなくても、シャーには本当のことを教えて訊いてもいいように思えた。すべての計画、そして仲間たちのこと。それから、今日呼び出した、本当の理由。
「あんたって……人がいいわよね」
「そうでもないよ」
シャーは、急にほめられて照れたのか、そんな事を言った。その顔は何となく穏やかで、少しだけ信用できそうに見えた。ラティーナはシャーの肩に手をかける。手をかけられてどきりとしたらしく、シャーは慌てて振り返った。
「ど、どうしたの?」
いきなりなのでシャーはどぎまぎした様子で訊いた。
「ねぇ、シャー……。あなたがもし、シャルルの寝室への……」
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