「ラゲイラ卿の話によると、あのシャーという男は、カタスレニア地区を知り尽くしている様子……。彼と会ったものから訊いたそうですが、あのシャーという男は、城に繋がる地下道を見つけたことがあるといいます」
「地下道」
ラティーナは反芻し、ぱちりと目をしばたかせた。
何か危急の時に、王族や大臣たちが逃げられるよう、城の内部には地下に脱出口が掘られているという。地下水路になっている場所もあるというが、そうした場所から確かに城には侵入できるのだ。
ただし、シャルルのいる宮殿、特に寝室に繋がる地下道は極秘にされており、知るものはほとんどいないとされている。それさえ見つければ、攻め入るのは簡単なのだが…………。
「あのシャーが知っているというんですか?」
「わかりません。可能性はあるといいます。ぜひ、彼を呼び出し、計画を教えた上で協力してもらいたいのです。そのために近いうちに、呼び出していただきたいのです」
ザミルの目は、まっすぐラティーナに向けられている。ラティーナは頷いた。
「あさって、シャーとは落ち合う約束になっています。レンク=シャーの住処に行くという名目でですが」
「どちらを通るでしょう?」
「きっと、カタスレニアのはずれの通りを通ると思います。そのときに、彼に……」
「持ちかけてみましょう。……我々も行きます」
ザミルは言い、少し穏やかに笑った。
「でも、無理はなさらないで。あなたは、私の大切な義姉上なのですから」
ザミル王子の微笑みは、兄のラハッドに似ている。ラティーナは、微笑み返しながら、思い出して少し切ない気分になった。
ラティーナにあさっての夜に落ち合いましょうといわれて、シャーは少なくとも少し不安だった。まさか、奴らのところにいったのではないかと心配もする。だが、昼間は彼らはうろついていないだろうし、自分とレンクを間違うような娘だから、おそらく町の中も良く分かっていないだろう。
今日は、その約束の日である。それまで酒場にきてくれるかと思っていたのに、ラティーナはつれなくて、一度も顔を見せてくれなかった。それで少しシャーは落ち込んでいたのである。
(でもなあ、なんだっかなあ……)
シャーはお茶を飲みながら思った。
(見てられないんだよねえ、あの子……)
シャーはそう呟き、もう一度お茶をすすった。その態度を見て思ったのか、後ろからカッチェラが声をかけてきた。
「兄貴……景気はどうっすか?」
景気というのは、「ラティーナとうまくいったかどうか」ということである。
「ぜんぜんだめー」
シャーは、茶を飲みながら手を振った。なんだか、間延びした猫の鳴き声のような声である。
「オレねえ……もしかして不器用? それとも、魅力が無いのかなあ。ちょっとショックー」
「不器用というより、単にもてな……」
カッチェラは、言いかけてため息をついた。さすがに本人を傷つけてしまう。
「なに、そのため息。いま、もてな……とかいいかけたよね?」
聞こえていたらしく、シャーが苦々しい顔をした。
「いーえ、何も言ってません」
カッチェラが肩をすくめた。
「やっぱり、押しが足りないんじゃないですか?」
「でも、出会ってすぐだし」
「とはいえ、最初が肝心じゃ?」
「第一印象は最悪だと思うよ〜……だってよりにもよって人違いなんだもの〜……」
シャーは、はぁ……とため息をついた。そういう仕草は、きまってシャーが誰かに一目惚れした時にとる仕草だ。もともとシャーは、惚れっぽくできているのだが、かえってそのためなのか、その一目惚れがうまくいったことはない。
「こ、これからですよ!」
後ろにいたアティクが大柄な体に合わない優しい物言いをした。
「兄貴はかっこいいですって!」
「え! そう! オレ、そんなにかっこいい? 美男子?」
アティクの言葉に反応し、シャーはがばりと起き上がる。カッチェラは、頭に手をやり、不安げにこちらを見てくるアティクを軽くにらんだ。
(調子に乗せすぎ。)
「ねえ、オレってかっこいい?」
だが、アティクはシャーに肩を押さえられて捕まっている。
「なあ、アティク。オレって美男子だよな?」
じとーっとしたシャー特有の視線が、それを肯定することを促してくる。
「い、いや、そのっ……」
「違うの?」
今度はなんだか哀れみを誘う視線だった。アティクは、べそをかきそうな顔になりながら、カッチェラを見るが、助け舟を出してくれそうにはない。
「は、はい。……兄貴は美男子だと思います……」
「そう! そうだよなーっ! オレ、自信ついちゃった!」
シャーは、ぱんと手をたたく。それを見て、周りのものが肩をすくめた。アティクだけが、自分の失態を呪うように頭を抱えている。
「おかみさーん、酒いっぱいちょうだい!」
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