「ええ、サリカは会っているかも知れないんだけど、少なくとも私はウェイアードと面識はないの」
「…噂で美人だからって、それでとりあえずお金で…ってことかい? 金の有り余ってる奴ってわかんねえなあ」
シャーは呆れたようにいって、そして急に不安な顔をした。
「でも、それじゃ、ウェイアードがどいつかってのもわかんないのかい?」
「それは大丈夫。彼はわたしのことを知らないだろうけど、わたしはあの人を見かけたことがあるの」
リーフィは少しだけ微笑んだ。
「だから、彼の顔は覚えているわ。任せて」
「そっか。じゃあ安心だね!」
シャーはそういうと安堵したように笑顔を見せた。
「それじゃ、行こう。この分だとごまかし切れそうだし」
「そうね」
リーフィはそういうと、ふらっと歩き始めたシャーに従うようにして歩き出した。シャーが前にいれば、客の前に出る為に歩いている妓女と芸人ということで話が通じる筈だ。
階段を一段二段と上っていくと、やがてそれまでとは違う、ひときわ豪華な部屋が増えてくる。客の談笑する声が、廊下の方まで響いていた。異国の女神の艶めかしい絵が描かれた廊下を延々とよこぎりながら、シャーとリーフィは客とすれ違うたび、挨拶をしながらその後で人物を確かめる。
少しでっぷりした中年、口ひげの渋い男、まだ若造といった感じのシャーぐらいの青年。いろいろな人とすれ違ったが、お目当てのウェイアードとすれ違うことはない。
「…リーフィちゃん。案外会わないもんだね」
「そうね」
「ウェイアードってどんな人なの?」
シャーは少し疲れたように訊いた。
「ウェイアードを説明するのは、わたしがいうよりも実際に見た方がいいわ」
「いや、それはそうだろうけど、ねぇ…」
シャーは苦笑いしたが、リーフィは首を振った。
「面倒とかそういう意味じゃないの。…とても、そうね、とても説明のしにくいひと」
「説明がしにくい?」
聞き返すとリーフィはわずかにくすりとした。
「あなたとそういう意味では似てるわね。…あなたも十分説明のしにくい人だもの」
「えぇっ? オレえ? そうかなあ?」
「そうよ。一言では説明ができないもの。一体、何を考えているのか、どこまでが本気なのか。わたしからみれば、あなたも十分謎の多い人よ」
「えぇ? そう?」
意外そうに声をあげるシャーに、リーフィはわずかな笑みを浮かべる。そういって笑うリーフィの方が、シャーからしてみれば神秘的で謎めいているように思える。実際の年齢よりも随分大人びている無口な美人のリーフィは、シャーからしてみれば、何を考えているのか少し分からなくて不安になる存在だ。そんな彼女からそういわれて、シャーは少し不思議な気分になった。
リーフィは、少し表情を引き締めた。
「ウェイアードは、でも、系統としてはあなたとは少し違うわね。もう少し、なんていうかしら、…恐い、ひとよ。あなたは、恐い感じはしないけど、あの人は恐い感じがするの」
「恐いの?」
きょとんとしたシャーにリーフィはいった。
「あなた、ウェイアードって、ぼんくらのお坊ちゃんだと思ってたでしょ?」
「うん、まあ。え、もしかしてそうじゃあないの?」
「……だから、会ってみた方が早いと思うの」
リーフィはそういって少し進み始めた。そして、一つの部屋の前でふと足を止める。そこは最も広い筈の部屋で、仕切られた所に小さな窓がある。リーフィは何も言わず、シャーに向かって指さした。少し覗いて見ろということだろう。
シャーはそうっとその窓から中を覗いてみた。中はより豪華な絨毯が敷き詰められていて、上にはタペストリーが飾ってある。天井からぶら下がる照明で中は、昼間のように明るかった。その天井にも絵があれこれ飾られている。
その中央には、美しい女達が五人ほど座っていた。この妓楼でも、相当の美女に入るだろう娘達である。煌びやかな服を着て、それぞれ綺麗に化粧をしている。豪華な部屋に、そんな美人が五人いる様は、いくらか艶めかしく幻想的で、夢の中の世界のようだ。
その中心に、繊細な容貌の男が座っている。側の女と比べても遜色ないほど釣り合った美男子で、黒っぽいターバンに服、その上に黄金の飾り物をつけている。すっきりした顔立ちで、その上物腰が柔らかだし、少なくとも女に嫌われる顔ではない。周りには取り巻きらしいものが十人ほどいた。上品というイメージからはほど遠い。ウェイアードが彼らとつきあっていることを考えると、カドゥサの御曹司とやらは相当な放蕩息子だということだろう。
「あそこにいるのがウェイアード…なんだけど。少し見えにくいかしらね」
リーフィがシャーの後ろからそうささやいた。
「え、ま、まじ?」
シャーは少し目をこすってみる。そして、やっぱり美男子なのを見て、苦しげに呻く。
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