「まぁ、オレに任せてよ」
例の御曹司の姿の筈の格好のシャーは、道ばたに客引きとしている妓楼に雇われている芸人達のように、少しおどけたような歩き方で、リーフィの袖をひっぱりながら、ふわりふわりと歩いていく。ちょうどマタリア館の入り口では、貴族らしい煌びやかな服を着た男達が三人ほどたたずんでいた。
リーフィがどうするのと、聞く前に、シャーはつつつーっと彼らの後ろに回り込んだ。
「いらっしゃいませー! 毎度どうも雨の館に!」
いきなりの声に男達は驚いて振り返る。その声が少し高音で素っ頓狂な声だったせいもあるだろう。だが、シャーの姿を見て、客引きの道化役の芸人だと思った彼らはすぐに笑顔を見せる。
「お前は見ない顔だな、マタリアにいるのか?」
「えぇー、そりゃあそうかもしれませんねぇ。何って言っても、ワタクシ、新入りのシャー子っていいます。以後よろしく〜!」
ぱちっと片目を閉じ、シャーは愛想笑いを浮かべた。そして、袖を引いていたリーフィを引っ張って前に立たせた。
「この子、同じく新入りの子なんですが、どうですか? 別嬪でしょ? こんな珠玉の新星はうちにしかおりませんよ、旦那方?」
灯の前に立たされ、リーフィは少し戸惑ったが、ふっと顔を上げる。赤い光に照らされて、リーフィの綺麗な瞳が照らし出される。思わず男達から感嘆の声があがる。
「ね、こんな美人を前にして、通りすがるなんてお人がお悪いですよ、旦那。今宵は是非に遊んでいかれませ」
シャーはそういってにっとする。そして、リーフィを先に店の方に押しやりながら、自分は三人の貴族達を店の方に後ろから案内していった。三人とも、少しその気になったらしく、シャーに導かれるまま店の入り口に入ってくる。
「お客様です。よろしくお願いしまーす!」
シャーは声をあげてそう言ってさっと入り口に入った。店の入り口には着飾った娘達が五人ほど立っていた。彼らは三人とリーフィとシャーを見て、客を外に出ていた出迎えの連中が連れてきたとでも思ったらしい。そのまま、三人を接待しながら進み始める。シャーは、リーフィの袖を引っ張って下がらせるとにやりとする。
「お久しぶりですね」
「ああ、今日も綺麗だなあ」
「はは、お前はいつもこの子だな。…だったら、新入りの子はオレが…」
「何いってるんだ」
そんな会話が聞こえてくる。だが、彼らはリーフィをあまり振り返らなかった。案内をしている女性達との会話に夢中のようである。三人はそうやってすでに前の廊下を進んでいる。シャーはそのままリーフィを連れて、彼らの後を追っていく。相変わらずふわふわした歩き方で、時折おどけながら後をついていったシャーは、ふと廊下の分岐点でリーフィの袖を引っ張って彼女から先に横道に入り込んだ。
そうっと向こう側を確認しても、浮かれていたり忙しかったりする彼らは、シャーとリーフィがいなくなったことに気づいていない。
「これでよし…っと」
シャーは、深々とうなずくと、リーフィに向けてにこっと笑った。
「どう? うまくいったでしょ?」
幾分か得意げなシャーの顔をのぞき込みながら、リーフィは「すごいわね」と呟いた。
「そうでしょ?」
「…あれでごまかせると思わなかったわよ…。高級妓楼だし、はらはらしたわ。でも、さすが、あなたね、シャー」
真顔でそういうリーフィには、おそらく他意はないのだろう。それなりに感心していっているのであろうが、言われたシャーの胸中は一通りではない。
「あはっ、それって…ほ、褒められてる?」
シャーは、その言葉の複雑さに辟易したが、すぐに苦笑を浮かべながら袖をひらひらと揺らした。
「物事は全部タイミングとノリだってば。で…」
シャーは、少しだけ首を傾げるようにして訊いた。
「ねぇ、リーフィちゃん。どうしよっか? ウェイアードさんてどこにいると思う?」
「そうねぇ、正確にはわからないの。…でも、ウェイアードは一番大きな部屋にいるって言うわ。お金も持っているし、取り巻きも多いんだもの。狭い部屋じゃ入らないわ」
「なるほど、じゃあ、一番いいでかい部屋を探せばいいのかあ? それじゃ簡単かも」
シャーは、ぽんと手を叩く。そして、ふっと思い出したように不安そうな顔をした。
「あ、リーフィちゃん、顔隠した方が良くない?」
リーフィはシャーの方をのぞき込む。
「だってさ、リーフィちゃん、ウェイアードと会ってるんだよね。だったら、見られたらまずいかなって」
「大丈夫よ」
リーフィは少し微笑むようにしていった。
「ウェイアードはわたしと顔を合わせていないもの」
「ふえっ? 知らないのぉ?」
シャーは目を丸くして彼女を見やる。
「でも、サリカちゃんと一緒に召し出され、って……」
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