そういうと、リーフィはもっていた包みを開いた。中には青を基調にした服が一式入っていた。しかも、それは豪華な服らしい上に、シャーが普段は絶対着ないような格式のある服装だった。
「お金持ちの家で働いている知り合いのつてで、着られなくなったっていう服を借りてきたの。かなり痩せていた時の服だから入るかなっていわれたけど、あなたなら多分大丈夫よ」
「オレ横幅ないからね。背丈があえばどうにかこうにか〜」
 頭をかきやりながら、シャーはそんなことをいう。
「そうね、あなた、本当はかなり背が高いわよね」
 リーフィはシャーを見上げながらいった。実際、シャーは本当はすらりとした足の長い青年なのだ。ただ、ちょっと、というか、かなり猫背で、歩き方自体が変なので、二十センチほど低く見えるだけである。顔にしたってそもそも表情がまずい。その辺の事情が、サリカに嫌われたりする所以なのだろうとは思う。最初、リーフィも、シャーのことは、ただの変人ぐらいにしか思っていなかったぐらいなのだから。
とにかく、シャーという男はあらゆる意味で、自分の見せ方を間違っている男なのである。
 シャーは、酒場の裏の小屋で着替えることにし、リーフィは外で待つことになった。
「ねー、頭巻くの?」
 小屋からシャーの声が聞こえてきた。
「それは巻いた方がいいんじゃないの? さすがに今のあなたの髪型とその服は似合わないわ」
「うーん、そうか〜。じゃあ、後にするか〜」
 シャーはターバンを巻くのがあまり好きではないらしく、少し不本意そうである。
「もう大体着られた?」
 ターバンを気にしているということは、大体の着替えがすんだということであろう。
「それが、その………リーフィちゃん、この服どうなってんの?」
 不意にシャーの情けない声が耳に入る。リーフィが首を傾げている間に、シャーがひょっこりと小屋から姿を現す。ほとんど着替え終わっているシャーは上着だけだらっと外に出したままその飾り帯を持っている。どうやら、最後の仕上げの飾り帯の締め方が分からないらしい。
「ごめんね、いや、オレ、こういう飾り付いた服あまり着ないからさ。変に巻いたら悪いよね?」
「それじゃあ、わたしが手伝うわ」
 リーフィは駆け寄っていって、青い帯を取った。そして、くるりとシャーの背後に回ると服のしわを整えながら、帯を巻き始めた。
 まるで甲斐甲斐しく旦那の着付けを手伝ってもらっているようで、シャーは少しだけうっとりとした。綺麗なお姉さんに着付けを手伝ってもらうなんて、あまりこういう事もない。
(……なんか、こういう家庭的なのも幸せって感じだなあ〜…)
 そういって至福に浸っていたシャーだったが、急に腰の辺りに圧迫を感じて、ぐぎゃあっと変な悲鳴を上げた。
「ちょ、ちょっとリーフィちゃん、帯しめすぎ…。し、死ぬ!」
「えっ、あ、ごめんなさい。あなた細いし、服でみえなかったから、どこまで締めていいものかわからなくて」
はっと我に返ったように、ぎりぎりと締めていた帯から慌てて手を離し、リーフィは少しだけ帯をゆるめる。ようやくまともに息がつけるようになったシャーはふっとため息をつきながら、リーフィをそっと見やった。冷静で理知的でしとやかで芯の強い美人といった所のあるリーフィだが、意外に妙なところでぼんやりしているところもある。しかも、しとやかでもあるが、案外、力が強いらしい。
(意外とこの子、めちゃめちゃなところあるのね)
 シャーはそう思いながら、絞め殺されなくてよかったと心の中で呟いた。
 ついでに、やはりろくな巻き方をしないシャーを見て、リーフィはターバンも巻いてくれた。いつもはくるくるした髪の毛をポニーテールにしているシャーのターバン姿は、正直リーフィも見たことがない。多少興味はあった。
「できたわ」
「ありがとう〜!」
 シャーは立ち上がり、いつもとはやや勝手の違うベルトに例の東方渡りの刀を差した。そうして、彼はリーフィの方を向く。
 青いターバンに青い服。いつもとあまり変わらない色調だが、ゆったりとした上着に、少し派手な色の飾り帯。サンダルはいつもと同じなのだが、裾が長いので目立たない。シャーは、ゆらりと裾を揺らし得意げに手を広げて訊いた。
「どう? リーフィちゃん、似合う?」
「そ、そうね……」
 リーフィは顔をわずかにこわばらせる。似合わない…わけではない。だが、何となく違うのだ。そう、予想していたモノとは何かが違う。
「どうしたの? 似合わない?」
 心配そうなシャーは、首を少し傾げる。
「そうじゃないのよ。…そうね……」
リーフィは、シャーの頭からつま先をじっと見て、そしてしばらく考えてからいった。
「こうすれば、そうね。…大富豪の息子、には見えることは見えるかもしれないわ…」


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