酒を飲みながら考え事をしていたシャーに、アティクが心配そうな顔をした。カッチェラならあきれ顔だが、いくらか心優しいアティクは、シャーを心配してくれる数少ない人間なので、心底心配そうにするのだった。
「何か悪いことでもあったんですか? しゃ、借金取りに追われて世を儚むとか…」
「兄貴、とうとうそこまで追いつめられたんですか!」
わあっと周りの連中が集まってくる。
「兄貴、死ぬ前にオレがこの前かした金返してくださいよ」
「そうですよ! かえしてください!」
「あんなはした金くれたっていいじゃなーい。たかが銅貨一枚なんて」
 シャーはそんなことをいいながら、鬱陶しそうに手を振る。
「大体、オレ、お前達からしか金借りてないよ。借金取りに追われるわけないじゃない」
「じゃあ、あまりにも自分がふられることに衝撃を受けて、とうとう絶望を?」
 むっとシャーは眉をしかめたが、周りの連中は意を得たというように騒いでいる。
「そうかー! そうだったのかッ!」
「兄貴ー! いくら兄貴がもてないからってそこまで絶望することは……!」
 ごほん、とシャーはわざとらしく咳払いをした。そして、盛り上がっている様子の舎弟達をみやりながらこういった。
「あのね、…お前はオレがそこまで困らなければ難しい顔しないと思ってるの? オレだってたまには難しい顔ぐらいするよ。何驚いてんの、君たち」
「いやだって……」
「もー、オレのことなんだと思ってるのよ、お前達」
 シャーはぐたあっとのびながら、手前の干し肉をつかむ。
「オレはお前達とちがって悩みごとが多いの〜」
「とてもそうには見えませんが」
「今の一言、ものすごく傷ついた〜〜」
 シャーは、かたい干し肉をいじましく噛みきりながら、ぽつりとつぶやく。そして、ふと思い出したように立ち上がった。
「あ、ごめん。オレ、今日ちょっと用があるんだった」
「おや、珍しいじゃないですか。まだ早いのに。どっかしけ込む先でもできた…わけがないですよねえ」
 自分で否定する前に否定されるのも何か空しい。これ以上不埒者認定を喰らうのも癪だが、相手にされないのは癪を通り越して何か寒い。
「ちぇーっ、お前らには絶対に何があったかはなしてやんなーい」
「どうせ、大したことないんでしょ。…いいですよ」
 精一杯意地悪をいおうが、反応がこれだとあまり効果は望めない。
「まあ、借金取りによろしく! 兄貴!」
 酒場から去っていくシャーをそうはやし立てながら、弟分達はますます盛り上がる。シャーは何となく寂しい気分になりながら、いつものサンダル履きの姿で、すたすた外に出た。
 外に出ると、すでに酒場の前で一人の女がたたずんでいた。
「あっ、ごめん、待ってたの〜?」
 シャーがいつものように声をかけると、リーフィはうっすらと微笑んだ。
「そうでもないわ。今来たばかりよ。もっとゆっくりしてくれてもよかったのよ?」
「そおんな、リーフィちゃんを待たせるわけにもいかないしさ」
 シャーはそういい、にっと笑った。
「連中は冷たいし、優しいのはリーフィちゃんだけだよ」
「まあ、お世辞をいっても何も出ないわよ」
 リーフィは今日はいつもより煌びやかな服を着て、化粧もいつもより華やかにしていた。赤い色の更紗の服に、少し冷たい容貌が化粧で色づけされて、何となく人形めいた美しさがあった。そもそも、元から寂れた酒場にいるにはもったいないような美人なだけに、そうしていると本当にどこかの貴族の愛妾や王の寵姫にぐらいは見える。
 これなら、確かに紛れられるはずだ。歓楽街にあるあの店は、たくさんの女性が働いていて、それこそ顔も覚えられないぐらいだ。
「リーフィちゃんはそれでいいとして、問題はオレよね」
 シャーは苦笑いした。
「どうしよう、リーフィちゃんが疑われても、オレが強引に店に入っちゃえば大丈夫だけど…。あの作戦でいくなら、オレが問題でしょ? あの、あそこで働いているおねーさんとその愛人って設定にしては、オレって怪しすぎるよね」
「まあ、そうだけれど、多分、大丈夫よ」
 怪しいところは否定しなかったが、それなりにリーフィはフォローするようにいった。
「服装をどうにかすれば、シャーもきっと立派な人に見えるわ。大富豪の息子っていう風にみえれば問題ないんでしょう?」
「でも、オレ、これとあとろくな服ないよ。…この服も前は上等だったんだけど、今はあはははは〜な状態で」
 シャーは自分の青い服をつまみながらいった。砂と埃にまみれ、おまけに破れた場所を縫い合わせているシャーの服では、確かにどう見てもそうした店にいけるような身分のものには見えようがない。
「だからと思って」


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