水滴を切りながら、ゼダの刀がびゅっとのびてくる。シャーは横に払ってそれを弾き、そのまま斜めに突き上げる。だが切り裂いたのは水滴だけだ。素早く避けたゼダは、シャーの横側に回り込み、そのまま切り下ろしにかかる。形状が特殊なだけあって、引っかけてしまうとまずいのだろう。それだけに、ゼダは確実に急所を狙ってくる。シャーは身を沈める。マントごと肘のあたりを掠ったらしく痛みが走る。
だが、瞬間、雨のすだれの向こうで、シャーが笑ったのをゼダは見る。咄嗟に顔をのけぞらすと、雨とは逆の方向から来る水しぶきが風と共に顔に飛んだ。ゼダの鼻先をかすめるようにして、シャーの剣が通っていったのだ。ゼダは後ろに二、三歩後退し、体勢を整える。
「坊ちゃん!」
見ていたザフが思わず声を上げ、腰に巻いていた短剣に手を伸ばし、ざっと一歩前に出る。その時、シャーの方を見ていたゼダが、きっとザフの方を睨み付けた。折良く、稲光が走った。
「ザフ! この期に及んで手ェ出しやがったら、てめェただじゃすまさねえぞ!」
ゼダの怒号が飛んだ。見かけが大人しそうに見えるだけに、それは逆に恐ろしく見える。ザフを初め、彼の取り巻き達はすくみ上がった。
「それに、まだ、オレの方がちょっと有利なんだぜ。…勝負に水を差すなよ…」
「水を差すなの前に、すでに雨で差されてるけどな」
シャーがふと口を挟んで笑った。
「はっ、いいねえ。そんな口も今に叩けなくしてやるぜ!」
「それはこっちの台詞だ!」
言葉の終わりと共に青い閃光が走る。稲光と同時に、シャーの刀の切っ先がゼダの眼前に迫る。舌打ちして、横に流したあと、ゼダは足払いをかけてきた。それにいち早く感づき、シャーはぬかるみに足を取られないように気をつけながらさがる。
雨に打たれて冷え切った刀の冷たさが、柄を通してもぞわぞわと駆け上がってくるようだ。ゼダの刃の軌道は相変わらず読めない。シャーがどうにかかわしているのは、勘と運の良さに寄る所が大きい。
轟音と共に、またどこかに落雷したらしい。大気の震えと同時に、ゼダが揺らぐように動く。シャーは耳の横に刀を構える。ギインという音と共に、体を大きく振られ、シャーは横に飛ばされるようにして飛び退いた。
シャーより少し背が低い代わりに、ゼダは彼よりは体格がいい。やや重めに見えるあの刀は思った以上に重い。
水たまりを蹴散らし、飛びずさるシャーに追撃が来る。
(やっぱり、このままじゃ危ないな…。仕方がない。やはりあの手でいくしかないな)
シャーは、ふと唇をゆがめた。最初から、そのつもりで来ていたのだ。
そして、シャーは泥にぬかるむ地面を蹴った。
「何を考えてんだ!」
ゼダの声が聞こえた。
「正面から飛び掛かってきても、てめえの有利にはならねえぞ!」
「そんなことわかってら」
シャーは口の中でぼそりという。ゼダは思った通り、正面から剣を振るってきた。ぐるっと回るように水しぶきを切断しながら、その軌道は不規則に回るように、シャーの瞳に飛び込んでくる。
雨の中に朱が飛んだ。
「なに!」
ゼダは驚いて一瞬行動が遅れる。ゼダの剣はシャーの右膝の上を薄く切り裂いていた。シャーが避けると思ったのだが、シャーはただ最小限に直撃を避けただけでほとんど避けなかったのだ。その後、マントを大幅に切り裂かれながらも、躊躇せずにシャーはそのまま飛び込んでくる。
(相打ちを狙うつもりか!)
ゼダは一瞬恐怖を覚えた。慌てて剣を引き、もう一閃するが、もう間に合わない。シャーはすでに懐に飛び込んでいる。ゼダは、腕を引く。シャーは飛び掛かるようにつっこんできながら、空いた左手をゼダの頭にのばした。頭を左手で押さえつけられ、ゼダは後ろ向きに転倒した。
「シャー!」
リーフィが珍しく声を上げた。普段は冷静な彼女が、不意に声をあげたのは、一瞬シャーが刺されたかと思ったからである。彼女がそう受け取っても仕方がないほどには、シャーとゼダの距離は近く、そして、お互いの刀がお互いの体に触れそうになっていたからだ。
だが、実際は、鮮血が飛ぶようなことはなかった。ぬかるみの中に倒れ込んだゼダののど元にはシャーの刀の切っ先が、シャーの脇腹あたりにゼダの刀の切っ先が、触れる寸前で止められていた。
「坊ちゃん!」
ザフは声をかけたが動けなかった。シャーが動けば、ゼダの命はない。
「ひ、……引き分けって所か…」
ゼダは苦しそうに、しかし、笑みは消さずに呟く。
「…こりゃ仕方がねえな。今日の所はお互い剣を引くとするか、シャー=ルギィズ。身動きがとれないだろう?」
シャーの方もぎりぎりだ。一歩バランスを崩せば、腹にゼダの剣が刺さるのは目に見えている。先ほど切られた膝の辺りから、雨にうすめられた朱が服に模様をつけていた。
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