シャーは、軽く笑った。笑うときに揺れた肩のせいで、鍔がわずかにちゃりんと鳴る。雨はほとんど降り出しそうだった。ぽつ、ぽつと、一滴、二滴、シャーの青いマントに降りかかる。
「そうそう、先ほどそこの美形のにーちゃんにも訊いたことだが、二、三応えてくれよ。オレが死んでもお前が死んでも、聞き逃したら未練だからな
「あぁ、構わんぜ?」
 相当不吉な話をしているのだが、二人とも意に介する気配もない。シャーもゼダも、そうした殺伐とした空気になれすぎていて、大方の感覚が麻痺しているのだろう。
「どうして、噂で知るだけの娘を買い上げようとした? お前が、囲うだけ囲って捨てちまうってのは有名な話だぜ」
「あぁ、オレというよりは、こいつらが欲しがるからな。飽き性のこいつらのために、あちこちから集めたんだよ…」
「金で仲間を買うつもりか? 見下げ果てた奴だな」
「そうじゃあねえ。…オレのわがままにつきあってもらっている礼よ。オレの放蕩につきあってもらってる以上、それ相応の礼をしなきゃならねえだろ? …オレには生憎と金ぐらいしかねえからなあ。だから、美人が欲しいといったこいつらに、オレがくれてやったんだよ。ただそれだけのことじゃねえか」
 ゼダはしゃあしゃあといいながら、もっとも、と付け加える。
「そこのリーフィはちょいと誤算だったよ。…まさか、こんなにできた女だとは思わなかった。オレが、この前あんたにいった事は嘘じゃねえんだぜ。「理想」を探してるってやつ。…オレは、オレで、ホントに好みの女を捜して歩いてるんだ」
「はっ、顔に合わねぇぜ。そんな恥ずかしいこと、よく言えるもんだな」
 シャーは嘲るようにいったが、ゼダは別に気にしていないようだ。
「…それじゃあ、てめえの遊びということでいいんだな?」
「遊び、まぁ、広い意味でそうだといってくれても構わないぜ」
 ゼダは悪びれない。シャーは、ややため息をつくようにしながら、何となく複雑そうな顔をした。空を見ると黒い空から大粒の雨粒が少しずつ降り注いできていた。もう数分も持つまい。急速に強まる雨足が、ここをやがて覆うだろう。上をみあげると大きな影が天空に伸びていた。轟音と共に世界を照らす閃光に照らされて、マタリア館は魔の要塞のようにみえた。
「…なるほどな。…なんで、こんなにてめえに腹が立ってたのか、オレはようやくわかったぜ」
 シャーの声がふと雨音を押しのけてはっきりと聞こえた。
「てめえみたいな奴にだけは使いたくなかったなあ、同族嫌悪なんて言葉はよ」
 シャーは暗い声で言った。睨むような目には、複雑だが底知れぬ憤りのようなものがあふれていた。
「オヤジさんが嫌いで、反発する気持ちはわからねえでもないぜ。……オレも所詮同類だからな! 仲間をつくってつるむのもいいだろうさ。オレがどうこう言うことじゃねえ。だがな!」
 だが、とシャーは声を高めた。
「それでも、自分の不満のはけ口に、何の関係もねえ女の子を金で弄んだてめえは最低だ…! あの子達の運命を狂わせてまで、てめえのやっていることが正当化できると思うのか! 結局てめえのやってることは、てめえの嫌いなオヤジと何の変わりもねえじゃねえか!」
 何の変わりもない、の言葉に、ひくっとゼダの口許が一瞬引きつった。
「オレが気に食わねえのはそれだ!」
 天空から光が走り、一瞬だが異様にゆっくりと青とオレンジの火花をちらしながら、稲妻が地上に降るのが見えた。直後、けたたましい音が鳴り響き、取り巻き達は怯えて地面に伏せた。古来から雷は神の怒りを彷彿させる。彼らが怯えるのももっともなことだった。
 しかし、少し離れたところに主人を見守るザフが立ち、そこからまた少し離れたところに、怯えもせずリーフィがたたずみ、固まったように動かない二人の男を見つめていた。
 ゼダは何も言わない。シャーも何も言わない。落雷のことなど気に留めてなどいないように、彼らはお互いにらみ合ったままだ。ごろごろごろ、と重い雷鳴が響く。
「は……」
 ゼダはわずかに嘲笑った。それは、先ほどのシャーから浴びせられた言葉の余韻を振り払うようでもあった。殺気と憎悪に似た色を放ちながら、ゼダはその目でシャーを睨み付けた。
「上等だ。いいぜ、シャー! 雷の中で斬り合いもなかなか乙じゃねえか!」
 ざーっと、とうとう雨が彼らを強く叩きだした。その水滴を切るように、ゼダはにぎった剣を軽く横に払う。ぞくりとするような冷酷な笑みが稲光と刀に映る。
「オレはずっと退屈してるんだ、アンタの言うとおり…。だからよ、シャー、死ぬまでせいぜいオレを楽しませてくれよ……」
「そいつは無理だな
 シャーはへっと鼻で笑ったが、目は冴え渡っていた。


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