ウェイアードがか細い声でポツリと言った。ゼダは煙管をくわえ、悠々と一服吸ってから不意に笑った。
「すっかりやられちまって…仕方ねえな、お前達は。オレが手を出すつもりなんざ、なかったんだがよ」
 ゼダは、手を通さずにかけたままの上着をふわりとしめった風に揺らした。そして、ややきょとんとしたままの取り巻き達に、顔からは考えられないほど冷徹な視線を送った。
「おめえらは下がれ。…お前らじゃこいつは歯がたたねえ…。例え、こいつがザフとやりあって疲れててもな」
 ザフ、と呼ばれた男、つまりウェイアードは、突然、弾かれたように動いた。鼻先に突きつけられたシャーの刀が見えていないかのように、慌ててゼダの前にひれ伏す。ゼダは、ため息混じりに、しかし、少し笑いながら彼に声を掛けた。
「ザフ、…おめえもおめえだな。オレに一言の相談もナシとは無茶をやったもんだぜ。何か言いつけたのは、オレを離すつもりだったのかい?」
「…ぼ、坊ちゃん、申し訳ありません……。か、勝手な行動をしてしまいまして…!」
「あぁ、いいって事よ。オレもちょっと見当違いをしてたみてぇだしな」
 ゼダはそう言って、口の端をゆがめて笑った。
「お前で片がつくと思ってたんだがな。だが、お前も一度退けられたときに気づいておくべきだったぜぇ。…シャー=ルギィズ…。まさか、あんたが、ここまで恐ろしい奴だとは思わなかった」
 ゼダは、ふっと笑いながら舐めるようにシャーを見た。そして、ザフに手でさがるように言う。ザフは一度頭を下げ、そして素早くゼダの前から引き下がった。
「ザフが一人でアンタを襲ったことについては詫びておくぜ。でも、いけすかねぇなあ。とっくに八つ裂きにされてるかと思って来てみたっていうのによ」
 シャーは、ふっと笑った。
「ご期待に添えなくて残念だったよ、……そうか、てめえが本当のウェイアード=カドゥサか…。よくもこんなまどろっこしい真似を」
「ウェイアード? よしてくれよ、その名はすかねえ。オレのことはゼダでかまわねえよ、シャー。まどろっこしいと感じさせたことについては謝るぜ。でも、オレは、表舞台に立つのがあまり好きじゃねえんでね」
 ゼダの赤い上着が、風にひらひらと舞う。袖を通さないそれは、今にも吹き飛ばされそうだったが、微妙なバランスでかろうじて彼の肩に掛かっていた。
「オレの面じゃ脅しにもなりゃしねえからな。だから、ザフや他の連中に普段は任せているんだが…」
「ふん、確かに、カドゥサの御曹司には見えないよな」
 シャーが皮肉っぽく言うと、ゼダは、自嘲的な笑みを浮かべた。そうして暗い表情を浮かべると、あの時のどじな冴えない男の気配は消え失せる。
 シャーは、ようやくリーフィが「あなたと似ている」といった理由がわかった。ゼダも同じように自分のある一面を普段隠して生きている。だから、余計につかみ所なくうつるのだろう。特にその態度においてだけを考えると、ゼダの変化はシャーのそれよりも外見の点ではもっと激しい。無意識のうちにそれを見て取ったリーフィは、だから「恐い」といったのだ。
 ゼダはふらりと煙管をふかしながら、語った。
「そうかもしれねえなあ。そもそも、オレは、本当はオヤジの正妻の子供じゃねえんだよ。跡継ぎとしてどうしても息子が欲しかったオヤジは、よその女とつくった子供をそのまま正妻の子として引き取った。それがオレだ。だから、ゼダは元の名前なのさ。オレはそっちの名前が気に入ってるんだよ」
「へぇ……」
 シャーは、思わず唇を噛みしめるようにして苦笑いした。
「いいのかい、カドゥサってな名家のお坊ちゃんが、こんな放蕩三昧とは…」
「ふっ、オヤジは金儲けして新しい女と遊んでいれば満足ってな男だよ。オレがこんな放蕩をやってようが、よほどの事をやらねえ限り、オレに何もいってこねえだろうさ。それに、オレにすっかり失望してるみたいだからな、その気になれば廃嫡して別の女とガキでも作るだろうよ。…と、さてと」
 ゼダは、煙草の煙を吐きながらにやりとし、煙管の中身を捨てて、それをしまい込んだ。
「いい加減、始末をつけようぜ。シャー
 ゼダはすうっと右手で腰の曲刀を手に取り、刃を封じている布を取り去った。はらはらと螺旋を描きながら地面に布が降りていく。
「オレは無闇に女遊びをするよりは、こうやって血生臭い狂宴に興じる方が好きな人種なんだよ…」
「だろうな…」
 シャーは、顎を引いたまま相手を見た。下から見上げるような目は、稲光の度に青く光る。
「どうして気がつかなかったのかねえ。…こんなに血の臭いのする奴、滅多にいねえというのにな」
「それはお互い様ッてやつだろ? オレも最初は気づかなかったぜ。こんな危ねえ空気の奴は珍しいのによ」
「お前と一緒にされたくねえな」


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