「じゃあ、それならそれでいいだろう。…もう一つわからねえことがある。何でオレを狙った? 先ほども訊いたが、なんでオレみたいな奴を気に留めたんだ? どうして、帰り道、一人で後をつけ、そしてオレに斬りかからなければならなかった? 力試しの意図はあったかもしれねえが、一人で来たのは何故だ?」
「そんなこと…!」
 ウェイアードの目に、いくらかの焦燥のようなものが浮かび、彼は、地面を蹴った。シャーは、真剣な目をウェイアードに向けたままだ。
「貴様には関係ない!」
 だっと走り込みながら、ウェイアードは、曲がった刀をシャーに向けて振り下ろす。シャーは、持っていた刀でそれを防ごうとして一瞬止めた。光が空から飛び込んできて、ウェイアードの刀が流れる様子が見えてきた。まっすぐに飛び込んできて、そして、その後不規則に曲がる。だが、不規則に見えて、それはある程度の規則性を持っている。
 シャーは、ハッと目を見開いた。その時にようやく見えたのだ。ウェイアードの曲刀が描く軌道の全てが。
「見切った!」
 シャーは歓喜と気合いとの両方が入り交じった声で叫んだ。そのままシャーは引きつけていた刀を、その軌道上にまっすぐに薙いだ。シャーの刀は、ウェイアードの曲刀の柄付近を激しく打った。弾みがついていたせいもあり、それは、ウェイアードの手からそれて、空中を舞った。
 光がパッと落ちてくる。それに反射しながら、彼の曲刀は、地面に叩きつけられた。
ウェイアードは、さすがに真っ青な顔をしていた。秀麗な顔を少しひきつらせるようにして、自分の直面した現実を信じられないという風に見ていた。シャーの剣の切っ先が、ウェイアードの目の前に突きつけられていた。彼の青い目が、静かにウェイアードを見ている。
「遊びは終わりだぜ、ウェイアード…」
 シャーが冷たい声でそう言ったとき、不意に思いも寄らぬ声がした。
「シャー! それは違うわ!」
「リーフィちゃん!」
 シャーは慌てて振り返る。リーフィの姿は暗がりでわからなかったが、もう一度彼女の声がした。
「シャー、…そこにいるのはウェイアードじゃないわ! ウェイアードは…」
 リーフィの声がそれで途切れる。ハッとシャーが息をのみ、慌ててそちらを向いたとき、不意に声がした。暗い空の下、その人影がリーフィの腕を強くつかみあげている。だが、その声の語った言葉は、シャーの予測する最悪の事態とは遠くかけ離れていた。
「そう警戒しなさんな…。オレは女に手をかけるほど腐っちゃいねえよ。女を盾にして戦おうなんて気もねえ…。安心しな」
 声に聞き覚えはある…が、シャーでもそれが一瞬誰の声かがわからなかった。やがて、マタリア館の灯りに照らされて、だらりと乱した服装の男が現れた。煙草を吸うらしく、煙管を握っている。それは、もし、彼の予想と同じ声の人物が発していたとしても、先ほどとは恐ろしく人が変わったような存在感を体にまとっているので、一瞬信じられなかった。
「オレは、一応伊達と風流には理解ある男のつもりなんだよ、シャー」
 男はリーフィを突き放すように離し、くわえていた煙管からふーっと煙を吐き出した。リーフィは、地面に半ば投げ出されたが、別に怪我はしていないようだ。男は空を見ていた。ちょうど、その時、ごろごろ、と近づいてきていた雷の音が聞こえ、パッと光が散った。その瞬間、暗がりで見えなかった男の容貌がくっきりとうつし出される。見覚えのある大人しそうな顔を引きつらせ、彼は見覚えのない赤い上着を袖を通さずに肩に引っかけていた。腰にはウェイアードの持つものと、同じ曲刀が提げられている。
 男は、ああ、と嘆息を漏らした。
「雷まで鳴ってやがる…。こりゃ大降りにふるだろうなあ」
「……ゼダ……、てめえ……!」
 シャーは、低い声で唸るようにその男の名を告げた。冴えない顔の男は、にやりと不気味な笑みを浮かべる。それは彼がその名を肯定したと考えて良いだろう。口調も姿も、そしてあまつさえその目つきすら違う。彼の仕草までがまるであの時とは別人のようだった。だが、それでも、目の前にいる者は間違いなく彼の筈だった。
 そこにいるのは、ウェイアードの使い走りの一人で、もっとも気の弱そうなあの男、ゼダと少なくとも同じ容貌をしていたのだ。ゼダ、の筈の男はにんまりと笑った。
「ふふふ、驚いてるようだが、気持ちはオレも同じだぜ。あんたがそこまでやるとは思わなくてね、オレもアンタの外見に騙された口だよ。シャー=ルギィズ」
 ゼダは、薄ら笑いを浮かべたまま、重たい空を一度みやり、そして、切っ先を突きつけられて座り込んでいるウェイアードと、彼の取り巻き達を見てため息をつく。リーフィが、少し遠ざかるように動いたが、ゼダは目も向けない。
「ぼ、坊ちゃん…」


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