ウェイアードがそう大声で言った。そして、取り巻き達を押し分けるようにして、自分が前に出てくる。右手には、例の曲刀が握られている。
「お前らは手をだすな。どうせ敵わねえだろうしな、後はオレがやる」
「し、しかし…!」
「後はオレが何とかする!」
 取り巻き達は少し逡巡したが、ウェイアードはきっぱりと言った。主にそう言われ、ようやく彼らは引き下がる。
「へえ、ようやく真打ちかい?」
ウェイアードは応えず、ぶら下げていた曲刀を構えた。見たことのない構えだ。もっとも、シャーの使っているのも異国の刀なので、相手から見ると得体の知れないものに映っているのだろう。
「…この太刀筋が、お前に見えるのか?」
 ウェイアードは静かに訊いた。シャーは軽く笑みを刻み、そして首を振る。
「さぁ、今のところは五分五分ってカンジかな。あと数合の間に見切れなきゃ、ちと厳しい」
「だったら、オレの勝ちだ!」
 ウェイアードは、女性のような繊細な作りの顔に、似合わぬ野性的な笑みを浮かべる。
「…そりゃどうかな? あと数合といったろ? オレをあまり見くびるんじゃねえぜ」
 シャーはそういい、切っ先をウェイアードに向けた。
 稲光が走る。それと同時にシャーのサンダルが土を蹴る。ウェイアードは、動かない。ただ、曲刀を引き寄せる。闇の中、駆け寄ってくるシャーは、右手の刀を軽く振り上げる。そのまま振り下ろしてくるのか、と思ったとき、突然シャーは途中でそれを突きに変えた。
 ウェイアードは慌てて身をひき、曲刀でそれをはねる。
「さすがだな!」
 シャーは賞賛半分でそう言いながら、そのまま体を横に流して追撃から逃げる。ウェイアードは、無言で後を追って、そのまま突いてきた。
(くそ、まただ…)
 シャーは、その独特の軌道を観察しながら、身を反らす。ただの突きでも、その形状のせいで、非常に太刀筋が読みにくいのだ。避けられた突きからそのまま切り下ろしに入ってくる。楕円を描きながら曲がるその筋に、巻き毛の髪が掠って空中に散る。
「でやっ!」
 身を翻しながら、シャーは提げていた刀を一閃する。近づいてきていたウェイアードの上着の裾が、さっと裂かれたが、それはかすり傷も与えていない。
 ゴロゴロと雲の中でとどろく音は激しくなった。そろそろ雨が降り出しそうだったが、ぎりぎりのところで持ちこたえているようだった。パッと稲妻が走る。風が出てきて、シャーのマントも髪の毛も、そして、ウェイアードの上着も激しく吹き付けられていく。
「…流石にやるな…!」
 ウェイアードは、やや上がった息を整えながら言った。
「ただのネズミじゃねえと思っていたが、ここまでとは思わなかったぜ」
「ふん、そりゃどうかねえ。…アンタ、この前、オレと剣を交えたとき、オレの腕前は予測できてたはずだぜ」
 シャーは軽く首を傾げるようにしていった。ウェイアードは応えない。
「それとも、あの時は、なんか別の思惑でもあったか?」
 シャーは、一つ軽い深呼吸をした。すでに息のおさまっているシャーは、降り出しそうな空を睨むようにしながら、何でもないようにこう話しかけた。
「おーまえみてえなタイプ、オレ、いっちゃん嫌いなんだよな。二枚目で権力があって、そんでもってやりたい放題。側にいるねーちゃんは、オレに取っちゃ高嶺の花だって言うのにさ…。うらやましいというか、こうはなりたくねえというか…だな」
 シャーはウェイアードに目を向ける。
「まぁ、それは、もてないオレの嫉妬といえば嫉妬で片づく話なんだがよ、オレはどうしても、腑に落ちねえことがあるんだよ」
「何をわけのわからねえ…」
 ウェイアードは鼻で笑った。
「言いたいことがあるなら、はっきり言え」
「それじゃ言わせてもらうぜ? 悪党には色んな悪党があるだろ?」
 シャーは不意にそんなことを言った。
「もちろん、ホントに理由なく悪ぃことをやる奴だっているかもしれねえが、大概の悪党には、そうするだけの言い分ってえのがある。…お前の言い分がオレにはわからねえ」
シャーは剣を低く構えながら、ウェイアードを見上げた。
「お前は何故見ず知らずの美人ばかり金で買い上げる? それにはどういう意図がある? ただの女遊び…って風にもみえるが、それなら、お前がたらしこめばすぐにすむはずだろ? お前はオレとは違って、えらい二枚目だからな」
夜目にも目立つしろの多い三白眼の青い目は、青い雷光で、余計に青く光って見えた。
「一体、何のために金をばらまいてまで、遊んでるんだ?」
「貴様にいう義理はない!」
 ウェイアードは、少し憤りながら言った。その怒りがどこからきたものか、シャーにはよくわからない。彼はふっと笑った。


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