だっとウェイアードが仕掛けてくる。やはりそうだ。直前までまっすぐに飛び込むように来て、そして不規則に曲がる太刀筋。シャーは、戦慄を覚えつつ、口をゆがめた。自分の勘と経験と、そしてある程度の運が頼りだ。シャーは、構えていた剣を耳の横まで引き寄せた。
ギィン、と耳に残る音が響き、ウェイアードの剣はシャーの刀に受け止められて止まる。
「このまま、戦いながら移動する気かい。狭い部屋の中で、アンタも物好きだことぉ」
残りの言葉をシャーが継いだ。それに同意するように、ウェイアードはにやりとした。シャーは冗談めかしていったが、自分に不利なことは分かり切っている。さっと身を沈め、ウェイアードの刀を外して、部屋の外に飛び出す。廊下の先には、急な階段が見えている。
ウェイアードと彼の仲間が後ろから迫ってくる。シャーは、転がるように階段降りながら、繰り出される刀を受けて返す。曲刀のウェイアードは、さすがに建物の中で戦うには不利である。中にいる間は、味方にやらせるつもりなのか、短剣で四人ほどの男達が突っかかってくる。
シューッと忍び込むように突いてくる短剣を、シャーは直前になってかわす。バランスを失い、前のめりになる男の腕を掴み、シャーはそのまま引き倒した。男は悲鳴を上げて、階段を転げていった。
「あーら、お気の毒」
シャーは軽く言ったが、実際あまり余裕はない。その隙に、さっと階段を駆け下りていく。後ろからはまだ男達が追ってくる。それを目の端で監視しながら、シャーはとにかく出口への道を急ぐ。
(狭いところでよくやるよ)
騒ぎに気づいた客や妓女や芸人達が騒いでいるようだったが、それに気を留めている暇はない。ここで大立ち回りができない以上、今はとにかく、外に出なければ――
雨の降りそうな空だ。時折、ごろごろと雷鳴がとどろいては、稲光がパッと散る。リーフィも、雷が恐くないわけではないが、彼女は少なくとも普通の女性よりは恐怖心が薄い方だった。雷よりも、今はシャーの状況の方が気になる。
シャーはまだ戻ってこない。リーフィはマタリア館の裏側に立って摩天楼を見上げていた。雲行きの怪しい天気に裏側を通る少ない通行人も、すでに店の中に引っ込んでしまって、ほとんど人気がない。ただ、マタリア館の放つ灯りが、その場をそれなりに明るく照らしていた。
「やっぱり、わたしも行った方がよかったかしら」
リーフィは不意にそんなことを思う。一応酒場で働いている彼女は、危ない客のあしらい方や、そんな客から情報を引き出す為の話術なども知っている。
ウェイアードにはきっと取り巻きがついている。多勢に無勢は、シャーにとっては慣れたことなのだろうが、リーフィは少し心配になる。自分がいれば、もしかしたら取り巻きぐらい、引き離す事ができたかもしれない。
ガタンガタン、とけたたましい物音がして、リーフィはハッと建物の壁に身を潜める。マタリア館の裏口の方で、積み上げられた木箱が倒れる音がした。
直後、わめき声と同時に転がり落ちるようにマタリア館の裏口から人の集団が飛び出てきた。一番先を行く影は俊敏な獣のような動きで外に出る。マントが大きく翻るがみえ、雷光に刀が光って見えた時、同時に男の容貌がはっきりと見えた。
「シャー…!」
リーフィはポツリとつぶやき、彼がまだ無事であることに少しほっとした。
シャーの前には、何人かの男が立っていた。その中で、ひときわすらりとした男の姿が見えた。もう一度雷鳴がとどろき、稲光が走る。
そして、シャーと対峙する男の顔が見えた。黒い布を被った麗しい容貌の男だ。リーフィは、他にも戦っている連中と彼を比較しながら、ハッとした。あることに気づいたのだ。
「……シャー。……あれは……!」
リーフィは建物から飛び出した。一応、腰には短剣がある。それをわずかに握るようにして、そのまま走り出す。シャーは、まだあのことを気づいていない。すぐ教えてあげなければ――。
ぐっと手を引かれ、リーフィは危うく転びそうになる。慌てて振り返れば、そこに男が立っていた。稲光が男の容貌一瞬照らし、リーフィはハッと息をのむ。
「あなた!」
男はにやりと笑った。
「おや、こりゃえれぇ美人さんだな。悪いな、別嬪さん。……ちょっとつきあって貰うぜ」
「さすがに外は動きやすくていいな!」
シャーの声が響き渡った。
くるっと身を翻すと、青いマントが付随して軽く体に絡みつく。雷鳴のとどろく中、シャーは相手が咆哮しながら飛びかかってくるのを素早くさけて、刀の柄で叩き伏せる。取り巻き達は一通り、シャーに倒されており、立ち上がってきても、すでに怯えが身に付いていた。
「もういい!」
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